3万円以上の絵の具の話
先日、久しぶりに大学時代のバイト先の友人と飲んだ。彼は青山学院大学の出身であり、私は立教大学だったこともあり、同じような大学ということもあってとても気が合い、よく一緒にスキーなどに行っていた。彼は、見事に難関の国家資格を取得し、自分で事務所を経営している。彼は、子どもができるのが遅かったため、長女が今年小学校に入学した。うちの長女は今年高2だから、10歳以上の開きがある。
私は、以前からこのブログに書いているように、お受験が大嫌いであるが、彼は娘を青山学院の初等部へ入学させた。彼は奥さんが青山学院の中等部出身であり、子どもを附属に入れるのは、奥さんの意向が強く働いているようだ。彼は私立でも公立でもどちらでも良いとの考えであり、子どもを私立に入れることに、特に賛成も反対もしなかったようである。
せっかくだから、彼からお受験にまつわる色々な話を聞くことにした。これが実に興味深い。まず、青学の初等部に子どもを入れる親の多くは(全てではない)、子どもをエスカレーター式で青山学院大学へ入学させることを目的としているのではないのだ。大学はどうでもよく、青山学院大学の附属の小学校そのものへ行かせることを目的としているとのこと。人によっては、慶應の幼稚舎に入れるよりも、青学の初等部の方が難関という人がいるくらいだ。大学のレベルの差を考えれば、それはあり得ないであろうと思ったが、更に突き詰めて話を聞くと、青山学院の初等部というよりは、青山という土地にある小学校(実際は渋谷区渋谷で青山ではないのだが・・・)に入れることを目的としているようだ。青山=セレブ(金持ち)という図式。そこに魅力を感じているのである。これは推測の域を出ないが、青学の初等部が多摩地区や他県に移転すれば、ほぼ間違いなく人気が下がるであろう。
ならば、附属から優秀な子ども達が上がってくる青山学院大学の偏差値も鰻登りになるかと思われるが、実際は慶応大学の足下にも及ばない。大学生の年齢にもなれば親の意向が働かないため、立地はどうでもよくなるからだと思われる。確かに、大学生の年齢になって、立地だけで大学を選ぶ馬鹿はいないであろう。要は、考え方が大人=まともになるのである。子どものブランド価値を高めたいと思っている母親が、子どもを青山の小学校へ行かせたいという思いで群がっているのだ。多くの金持ちが群がることで、青学の初等部は超難関になっているわけである。
そのため、青学の理事長が心から正しいと思って実施しているかどうかはわからないが、青学の初等部の教育方針(経営方針と言った方がすっきりするかな)は、見事に金持ちを意識したものになっている。まず、セレブや金持ちが喜ぶのは、何と言っても有名芸能人の子どもと同じ学校であることである。こういった人種は、「芸能人の子どもがいる学校=良い学校」なのである。そのためか、青学の初等部は芸能人枠なるものを設けているらしい。今回も入学式にどんな有名芸能人が来ていたかで話が盛り上がったが、蒼々たる有名芸能人の名前が挙がっていた。次に、制服から体操着、そして教材にいたるまで、何もかも指定されている。そして、どれも非常に高価である。驚いたのは、絵の具の値段。小学生が使うものなのに、絵の具代だけで3万円以上の請求がきたとのこと。「いくら何でもそれはおかしいだろ?」と彼に言ったら、「まあ、そういう世界もあるということなんだよ。」と言われた。私は、そういう世界はおかしいと言うことを子どもに教えるのが親の務めだと思うのだが、いかがであろうか。(ちなみにうちのかみさんは立教女学院の小学校の出身だが、ほとんど指定されているものは無く、体操着まで自由だったそうだ。青学と立教は同じようなイメージだったが、この差は何なのだろうか・・・)
それから、興味深いのがバックである。ヴィトンとかシャネルのバックでも買わされるのかと思いきや、なぜかバックは「親の手作り」という規程があるとのこと。しかし、実際に手作りをしている親は一部であり、ほとんどの親が手作りっぽく作ってくれる店に高いお金を払って頼んでいるらしい。確かにセレブに針仕事は似合わない。学校側も暗黙の了解でこれ認めているようであり、何とも馬鹿げた話である。
確か、尾崎豊は青学の高等部であったと記憶している。彼は、学校に反発を感じ、それを歌にして大ヒットした。歌が売れたこともあるだろうが、彼は途中で青学の高等部を辞めている。彼の怒りは、そんな青学の体質に向けられていたのかもしれない。また、なぜかうちの大学のサークルの後輩に、青学の高等部から来た子がいた。普通ならそのまま青山学院大学へ行けるのに、わざわざ受験をして立教に入ってきたのだ。青学と立教はどちらもミッション系だし、レベルも雰囲気も大差がないのに、「なぜ、わざわざ青学を辞めて立教に来たの?」と彼女に訊いたら、「青学に付いていけなかったからです」と言っていた。その時は、「レベルが同じなのに、付いていけないとはどういうことだろうか・・・」と不思議に思っていたが、今になってやっと彼女の言っていることが理解できたように思う。
まあ、そういう世界もあるということなのだろう。ただ、間違いなく私のような貧乏人はお呼びではない世界であることは間違いない。
やっぱり、私はお受験は大嫌いである。

