塩田仁史
塩田仁史。運がない選手である。まず、塩田に運が無いと思ったのは、2004年のナビスコカップ。当時の正ゴールキーパーであった土肥が日本代表だったこともあり、準決勝までずっと東京のゴールを守ってきた。しかし、決勝では土肥が戻ってきて決勝の舞台に立てず。それどころか、土肥にMVPまで持って行かれた。あの時は、本当に塩田って運がない男だと思ったものである。
そして、土肥が緑に移籍し、塩田が土肥の背番号1を引き継ぎ、名実共に東京の正ゴールキーパーになった。土肥と比べると、明らかにオーラが無かったものの、派手さはないながら、安定したキャッチングとコーチングで東京の守護神として誰もが認める存在になった。やっと巡ってきた正キーパーの座。
しかし・・・・
何と、今期の開幕前に盲腸炎を発症。盲腸であればすぐに復帰できるだろうと思っていたら、想像以上に重症であり、長期入院を強いられた。結局、開幕に間に合わず、開幕戦のキーパーを権田に譲ることになった。権田は、その世代では日本代表を任される存在だが、まだ19歳の若さ。試合経験を考えれば、実力は塩田の方がはるかに上だし、塩田が元気であれば、今期はほとんど出場機会が無かったと思われる。そんな権田が出場した開幕戦は4失点を喫して大敗。勿論権田だけのせいではないが、東京サポの多くは、「塩田よ。早く帰ってきてくれ。権田ではダメだ。」と思っていたはずである。若さゆえコーチングが上手くできないし、飛び出しの判断も悪いし、キャッチングとパンチングの判断も悪かった。はっきり言って、良かったのはキックだけだったと思う。浦和サポの友人から、「あのキーパーはやばいですね」と言われていたのを今も覚えている。塩田も、このままでは東京が下位に低迷してしまうと焦ったに違いない。権田に、病院のベッドの上から可能な限り様々な技術を伝授したことであろう。
開幕から3試合まではドタバタしていた権田だが、さすがはその世代の日本代表キーパー。試合に慣れるにつれてプレイに落ち着きがみられるようになり、徐々に本領を発揮し始める。気がつけば、今期15試合の完封劇を演じ、最終戦で完封すれば、新記録だそうである。「こんなに急成長するなんて・・・・」。これは、東京サポだけではなく、塩田も痛感したに違いない。
塩田は、盲腸炎という病のせいで東京の正キーパーの座を失い、権田は、塩田の盲腸炎のお陰で東京の正キーパーの座を手にした。権田は、その若さゆえ、まだまだ伸び白がある。もしかしたら、来季はフル代表のキーパーとして呼ばれるかも知れない。権田の運の強さを考えれば、その可能性は高いと思われる。
東京サポとして、権田の成長は心から嬉しいが、病気になりたくてなったわけではない塩田は気の毒でならない。確かに塩田も権田に負けないように頑張ればいいのだが、末恐ろしさすら感じる権田の成長ぶりをみると、かなり難しいように思われる。
出場機会を求めて移籍の噂も聞かれ始めているが、私は試合前の塩田のお辞儀が大好きであった。胸のエンブレムを叩くしぐさは、本当に気合いが感じられた。ここで負けずに頑張り、再び権田を超えれば、塩田が日本代表の舞台に立っていることは間違いない。負けるな塩田仁史。
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