« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月 9日 (水)

5位でフィニッシュ!

新潟には開幕戦で1対4で破れた借りを返したかったけど、終了間際にセットプレイから得点を決められ、1対1の引き分け。掴みかけていた勝利がするりと手からこぼれ落ちたような感じだけど、藤山と浅利が同時に出場できたし、良かったのではないだろうか。広島が勝ってしまったから、例え勝利していたとしても5位だったわけで、良しと考えよう。

今期の東京は、塩田の病気、シーズン途中でのカボレと金沢の移籍、ナオ、茂庭、長友の怪我というアクシデントに見舞われ、スズタツ、梶山も痛みを抱えながらの出場を強いられ、満身創痍の状況での戦いが続いた。そのような中で、最終的に5位という順位でフィニッシュすることができた。ACL進出には1歩及ばなかったが、上には鹿島、川崎、ガンバ、広島しかいないわけで、十分に胸を張れる結果と思われる。今期も金満浦和の上へ行けたし、ナビスコの優勝賞金を合わせれば、1億4000万円の賞金を獲得することができたわけで、天晴れでしょ。

それにしても鹿島は強い。そして、立派である。川崎のように外国人頼みの戦い方をしているわけではないし、浦和のように他チームから優秀な選手を引き抜くわけでもない。そのためかチーム内のゴタゴタがほとんど無く、理想的なチームだと思う。かつてのダーティなイメージも、オリベイラ監督になってからほとんど無くなった。羨ましい限りである。「まだ優勝経験の無い川崎に優勝させてあげたい」との声も多かったが、FWに3人の外国人を並べるような戦い方をしているという点で、私はどうしても川崎を応援できない。その点鹿島は、1ポジションに2人以上の外国人を据えないと言うポリシーを貫いており、私は鹿島がJリーグチャンピオンにふさわしいチームだと思う。

東京は、ポリシーというよりは、金銭面の問題から、外国人に頼らないチームにならざるを得ない状況にあるようだ。このままなら、FWにすら外国人選手の補強が無いかもしれない。確かに、一昔前と違って日本人選手のレベルが格段に向上しており、ブラジル人に頼らなくても何とかなるようになってきている気はする。また、優秀な外国人FWを獲得しても、ちょっと活躍しただけですぐに中東のチームから引き抜かれてしまう現状を考えれば、日本人とアジア枠だけでチームを構成しようとの考えも、一理あるかなと思う。

さて、昨日の東チューで茂庭と契約しないことが発表になっていた。茂庭といえば、東京の顔とまで言われていた選手であり、寂しい限りである。かつて、ジャーンと最強のCBを構成していたが、ジャーンが移籍してから、すっかり低迷してしまった。足下が無いし、ロングキックの精度が低いのが致命的だったかな。ここのところ怪我も多かったし、不運な面もあった。来季からJ1に昇格する湘南に行って、再度ジャーンと最強のCBを構成して欲しいものだ。ただ、活躍するのは東京戦以外ということで・・・。

近藤とも契約しないようだが、これはある程度予想できた。それくらい今期の近藤の出来は悪かった。ちょっと太りすぎではないかと思うのだが、いかがであろうか。もう少し絞れば体のキレが戻ると思うのだが・・・。

来期は、日本人でも外国人でも構わないから、とにかく15点以上の得点を挙げられるFWが一人欲しい。勿論、赤嶺がその役割を担ってくれれば最高なのだが。ナオは、怪我さえなければ今年と同じように活躍してくれるだろうし、15ゴールは堅いと思う。ただ、ナオはどうしても怪我が多いから、ナオのバックアッパーになれるような選手を獲得して欲しい。まあ、今期はスズタツがその役割を果たしてくれたけど、スズタツにはもう一皮むけて欲しいところである。

守備に関しては、大分の森重が東京に来てくれるようだ。金に目が眩むことなく、チームの雰囲気や方向性で東京を選んでくれたみたいであり、ものすごく期待できる選手である。4バック全員が日本代表!!なんてことも夢ではなくなった。来期は、名実共にACL出場にふさわしいチームになろうではないか。

| | コメント (0)

2009年12月 4日 (金)

塩田仁史

塩田仁史。運がない選手である。まず、塩田に運が無いと思ったのは、2004年のナビスコカップ。当時の正ゴールキーパーであった土肥が日本代表だったこともあり、準決勝までずっと東京のゴールを守ってきた。しかし、決勝では土肥が戻ってきて決勝の舞台に立てず。それどころか、土肥にMVPまで持って行かれた。あの時は、本当に塩田って運がない男だと思ったものである。

そして、土肥が緑に移籍し、塩田が土肥の背番号1を引き継ぎ、名実共に東京の正ゴールキーパーになった。土肥と比べると、明らかにオーラが無かったものの、派手さはないながら、安定したキャッチングとコーチングで東京の守護神として誰もが認める存在になった。やっと巡ってきた正キーパーの座。

しかし・・・・

何と、今期の開幕前に盲腸炎を発症。盲腸であればすぐに復帰できるだろうと思っていたら、想像以上に重症であり、長期入院を強いられた。結局、開幕に間に合わず、開幕戦のキーパーを権田に譲ることになった。権田は、その世代では日本代表を任される存在だが、まだ19歳の若さ。試合経験を考えれば、実力は塩田の方がはるかに上だし、塩田が元気であれば、今期はほとんど出場機会が無かったと思われる。そんな権田が出場した開幕戦は4失点を喫して大敗。勿論権田だけのせいではないが、東京サポの多くは、「塩田よ。早く帰ってきてくれ。権田ではダメだ。」と思っていたはずである。若さゆえコーチングが上手くできないし、飛び出しの判断も悪いし、キャッチングとパンチングの判断も悪かった。はっきり言って、良かったのはキックだけだったと思う。浦和サポの友人から、「あのキーパーはやばいですね」と言われていたのを今も覚えている。塩田も、このままでは東京が下位に低迷してしまうと焦ったに違いない。権田に、病院のベッドの上から可能な限り様々な技術を伝授したことであろう。

開幕から3試合まではドタバタしていた権田だが、さすがはその世代の日本代表キーパー。試合に慣れるにつれてプレイに落ち着きがみられるようになり、徐々に本領を発揮し始める。気がつけば、今期15試合の完封劇を演じ、最終戦で完封すれば、新記録だそうである。「こんなに急成長するなんて・・・・」。これは、東京サポだけではなく、塩田も痛感したに違いない。

塩田は、盲腸炎という病のせいで東京の正キーパーの座を失い、権田は、塩田の盲腸炎のお陰で東京の正キーパーの座を手にした。権田は、その若さゆえ、まだまだ伸び白がある。もしかしたら、来季はフル代表のキーパーとして呼ばれるかも知れない。権田の運の強さを考えれば、その可能性は高いと思われる。

東京サポとして、権田の成長は心から嬉しいが、病気になりたくてなったわけではない塩田は気の毒でならない。確かに塩田も権田に負けないように頑張ればいいのだが、末恐ろしさすら感じる権田の成長ぶりをみると、かなり難しいように思われる。

出場機会を求めて移籍の噂も聞かれ始めているが、私は試合前の塩田のお辞儀が大好きであった。胸のエンブレムを叩くしぐさは、本当に気合いが感じられた。ここで負けずに頑張り、再び権田を超えれば、塩田が日本代表の舞台に立っていることは間違いない。負けるな塩田仁史。

| | コメント (0)

2009年12月 3日 (木)

多忙の極み

気がつけば師走。2009年もあと1か月で終わりである。前にも書いたかも知れないが、私の仕事は季節労働者的なところがあり、11月~4月が超多忙になる。ここ数週間、ずっと忙しかったので、全くブログの更新ができなかった。先週は宇部市に出張だったし、来週は加古川市へ出張である。明日は夕方から品川で会議だし、資料を作ったり集計したり・・・・・ひぇ~。

さて、ここ数週間の出来事といえば・・・結局、アウェイで千葉に敗戦。昨期のリベンジを果たせなかったし、最下位チームに負けるというのは屈辱だけど、羽生を強奪した報いかな・・・・・・。羽生を奪ったチームということで、東京と戦うときの千葉の選手のモチベーションはかなり高いはず。今回の敗戦で3連敗であり、完全に千葉に対して苦手意識を持ったと思うけど、幸いなことに千葉はJ2に降格。来季は天皇杯でしか当たる可能性が無い。リベンジは先になるけど、ちょっとだけ安心。

ホーム最終戦は、相手がお得意さんの神戸であり、こちらは無事に勝利。浅利と藤山をピッチに立たせたかった。終盤に平松のゴールが決まり、何とか藤山をピッチに立たせることができた。浅利が出られなかったのは残念だけど、平松のヒーローインタビューの時の涙にもらい泣きしてしまった。平松は、今季、東京に来たけど思うように試合に出られず、かなり苦しんでいたようだけど、最後にすごい大きな仕事をしてくれた。試合内容は決して褒められたものではなかったけど、勝利に勝るものはない。

試合後の藤山と浅利の引退セレモニーも、涙、涙、涙・・・。40歳を過ぎて涙腺がゆるくなったのか、本当に泣けた。ああいった形で東京を離れられるのは、選手としても嬉しいことだと思う。藤山も浅利も、どちらかといえば地味な選手だけど、これまで東京に不可欠な存在であったし、本当に有り難うといいたい。世代交代は仕方がないことだけど、いっきに2人のベテランを失って大丈夫かと不安になってしまう。藤山は、次の移籍先が札幌に決まったというサプライズの発表もあった。札幌なら、J2ながらしっかりしたチームだし、本当に良かったと思う。

さて、また仕事に取りかからねば・・・

| | コメント (0)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »