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2009年9月10日 (木)

真のアスリート

「真のアスリートと呼べる方は誰ですか?」と質問されて、真っ先に思い浮かぶのが高橋尚子である。彼女はオリンピックの陸上競技で、初めて日本の女子に金メダルをもたらした選手であり、誰もが素晴らしい選手と認めるところだが、私は、彼女のすごさを、別の所に感じている。それは、競技を終えた後の表情の素晴らしさである。

マラソンのような過酷な競技の場合、大抵の選手は全力を出し切ったというポーズをとりながらゴールする。その場に倒れ込んだり、中にはそのまま意識を喪失する選手もいる。アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した有森裕子は、今にも泣き出しそうな表情でゴールし、ゴール後に涙ながらに述べた「初めて自分で自分を褒めたいと思います」という言葉は、あまりにも有名である。そして、スケート競技の橋本聖子は、カルガリーオリンピックで5種目に出場し、全ての競技で入賞を果たした。私が印象に残っているのは、ゴール後に全力を出し切ったとばかりにリンクに倒れ込む姿である。ゴール直後に倒れ込み、そのまま動けなくなる姿を見て、多くの人が感動を覚えたと思う。

しかし、私はそんな感動を呼ぼうとするシーンはあまり好きではない。私の友人のT氏は、橋本聖子の倒れ込みながらのゴールを見て、「同情を引こうと思いやがって」と述べていた。確かにT氏は偏屈な性格であったが、実は私もT氏と同じ感覚を持っていた。そういう意味では、私も偏屈である。私は、アスリートたるものは、できれば笑顔でゴールすべきだと思うのだ。忘れられないのは、シドニーオリンピックで1位でゴールしたときの高橋尚子の表情である。可愛いとか、美人とか、そういうことではない。マラソン競技でゴールした後、それも1位でゴールした後に、「もう一回走れますよ」と言わんばかりの表情をしていた。倒れ込むわけでもなく、泣き出すわけでもなく、正にマラソンなんて朝飯前といった姿。辛そうな表情は一切しない。そして、「とっても楽しい42.195㎞でした」とのお言葉。“苦しい”ではなく、“楽しい”という言葉に驚かされた。そして私は、これが真のアスリートだと思った。

私は、フルマラソンの大会に出場した経験が3回ある。いずれも完走できたが、ゴール後は身体がボロボロで、階段の上り下りもできないくらいであった。マラソンとは、そのくらい過酷な競技である。しかし、アスリートにとっては違う。前に高橋尚子が某番組で話していたが、朝のトレーニングで50㎞を走ることもあるそうである。正に50㎞走ることは朝飯前。そして、「深いい話」の中で紹介されていたが、高橋尚子はマラソンのレース前に「あと42.195㎞走るだけでいいんだ~」と思うそうである。彼女たちの練習で走る距離は、何千㎞にも及ぶ。それも、呼吸器系に負荷をかけるため、酸素の薄い高地でのトレーニングを積極的にこなしているのだ。本番と練習の違いこそあれ、彼女らアスリートにとって、42.195キロの距離を走ることは朝飯前なのである。

また、私はマラソンが大好きな競技であるが、よく周りの人から「あんな辛い競技、よくやる気になるね」とか「私には絶対無理」とか言われる。時には「馬鹿じゃないの」と言われたこともある。しかし、高橋尚子のように走り終わった後に笑顔をふりまけば、マラソンをやてみようかな?と思う人が増えるのではないだろうか。有森裕子のように、泣きそうな顔でゴールする姿を見れば、感動するかもしれないが、「私には無理」と思う人が少なくないであろう。アスリートは、その競技の楽しさを観戦者に伝える役割も担っており、そういう意味においても高橋尚子はすごいと思う。最近、マラソンの競技人口が増えているようだが、高橋尚子の影響は、かなり大きいのではないだろうか。

高橋尚子は、最近、キャスターや解説でTVに出ることが多くなったが、完璧主義が災いしてか、ちょっと肩に力が入りすぎている感じがする。慣れるにつれて良くなっていくのだろうが、キャスターや解説者としての高橋尚子は、私的にはちょっと?である。やはり、彼女にはアスリートが一番よく似合う。

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