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2009年7月23日 (木)

喜びと苦しみ~大分と浦和の試合を観て~

大分がついに連敗を14で止めた。東京が連敗ストッパーにならなくて良かったと思ったが、そんなことはここではどうでも良い。勝利の瞬間、全ての選手が全身で喜びを爆発させていた。多くのサポーターが喜びで涙していた。あるサポーターの女性は、涙で顔がぐしゃぐしゃであった。それでも、涙をぬぐうことなく、この時を待っていたとばかりに泣きじゃくっていた。私はスカパー!観戦であったが、不覚にもその光景を見て、思わずもらい泣きしてしまった。リーグ戦で優勝しても、あそこまで喜びを爆発させる選手やサポーターの光景はみられないのではないだろうか。

昨期の最終戦において、千葉の選手とサポーターも喜びを爆発させていた。ほぼ降格が間違いない状況に追い込まれ、東京との最終戦で2対0となった時は、多くの選手とサポーターが降格を覚悟したであろう。そんな絶望のどん底から、あれよあれよと得点を重ね、遂に東京を逆転。そして4対2で逆転勝利。尚かつ残留決定のご褒美まで付いてきたわけだから、嬉しさのレベルは先日の大分サポーターと同等、もしくはそれ以上だったかもしれない。その試合を生観戦していた私は茫然自失であったことは言うまでもない。

「喜び」とは「苦しさ」の裏返しである。「苦しさ」無くして、「喜び」は無いのだ。連敗していた時、大分の選手もサポーターも苦しくて苦しくて仕方がなかったに違いない。そして、その苦しみが大きければ大きいだけ、苦しみを脱したときの喜びは大きいのだ。例えば、自分が応援しているチームが14連勝したとしても、これだけの喜びを味わえないであろう。敗戦の苦しみは積もる一方だが、勝利の喜びは逆に慣れてしまうからである。

そういう意味では、17戦負けなしの鹿島のサポーターは、すっかり勝利の喜びに慣れてしまっているかもしれない。浦和のサポーターも今や浦和が勝って当たり前だから、ちょっと負けが続いただけで浦和の大型掲示板が大荒れになる。却って浦和が弱かった時の方が、掲示板が荒れなかったのではないだろうか。

東京は公式戦8連勝。勝利の回数は鹿島の足下にも及ばないが、それでも最近は勝って当たり前の気分になりつつある。東京のことだから、このまま勝ち続けることは無いだろうけど、勝ちに慣れてきた感覚は、東京を応援し始めてから初めて味わう感覚と思われる。

さて、翻って自分はスポーツをして泣いたことがあるだろうか。高校野球や高校サッカーを観ていると、選手たちは勝っても負けても泣いている。それだけ辛い練習をしてきたからであろう。自分はスポーツにおいて、泣くほど辛い練習をしたことがないので、スポーツで勝って泣いたこと、負けて泣いたことは無い。東大に合格して泣いている人がいる。それだけ辛い受験勉強をしてきたからであろう。自分は大学に合格しても泣けなかった。まだまだ甘かったようだ。

ただ、そんな自分も一度だけスポーツをして泣いたことがある。初マラソンを完走した時である。ゴールした直後、本当に涙が止まらなかった。忘れもしない1996年12月8日のホノルルマラソンである。タイムは4時間30分と平凡であったが、完走した時はとにかく泣けた。けっこう練習を積んで参加したのだが、とにかく30㎞を過ぎたあたりから、身体じゅうが痛くて痛くてしょうがなくなった。「何で自分はこんな馬鹿なことをしているのだろう」「もう2度とこんな馬鹿なことはしない」。何度も何度も走るのを止めようと思った。しかし、小さな子ども達の前で恥をさらすわけにはいかないし、大金かけてハワイに来たのもあるし、それなりにトレーニングを積んだこともあるし・・・・。とにかく気力だけで走った。そして、ゴールの瞬間は、痛み、そして苦しみから解放され、それが嬉しくてとにかく泣けた。ここのところマラソンにはまる人が増えているようだが、皆、この完走の瞬間の喜びを味わいたくてはまっているのだと思う。私も、それからフットサルに出会うまで、ずっとマラソンにはまっていた。

今の世の中、不景気であまりいいことはない。どちらかといえば、悪いことばかりである。生活も苦しい。しかし、苦しみの後には喜びがある。そして、苦しみが大きいほど、その後の喜びは大きい。とにかく、今はその考えを胸に仕事とサッカーの応援を続けていこうと思う。頑張れFC東京!!!←関係ないか(汗)

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