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2009年6月15日 (月)

ジャッジについて

サッカーは素晴らしいスポーツであるが、どうしても好きになれないことが一つだけある。それは、審判のジャッジである。審判は、常に公平な笛を吹かなければならないはずなのに、サッカーの場合、「ホームなら有利な笛が吹かれ、アウェイなら不利な笛が吹かれる」ということが当たり前のようになっている。解説者が、「ホームなのに、あの笛はあり得ないでしょ」「アウェイだから、仕方がないですね」と平然と言ってのける世界なのである。

そして、日本代表は、この不公平なジャッジに泣かされることが多い。ウズベキスタン戦のシリア人の主審による糞ジャッジは本当にひどかったが、カタール戦も、相手のファールと思われるプレイを流されて何度もカウンターを食らっていた。なぜ、こうも日本はジャッジに恵まれないのであろうか。

考えてみれば、アジアの近隣諸国は、そのほとんどが反日教育を受けており、日本に有利なジャッジをしてくれるわけがない。恨むべきは、かつての軍国主義か・・・。中東諸国は、反日教育こそ受けていないものの、日本サッカーの大躍進に対する妬みがあると思われる。日本の大躍進で中東の国がW杯に進出しにくくなったわけで、日本にいい感情を持っているわけがない。アジアの人が審判である限り、アウェイだろうがホームだろうが日本に有利な笛はあり得ないわけである。

また、イスラム圏の中東諸国での試合において、審判が下手に相手国に有利な笛を吹くと観客から殺されそうな雰囲気がある。例え日本人が審判であっても、あの地で日本に有利な笛を吹くことは難しい状況にあると思う。一方、日本は平和な国であり、日本代表のサポーターに殺伐とした雰囲気は微塵もない。少なくとも、下手な笛を吹けば日本人サポーターから殺されるといった危機感は無いであろう。審判は、「日本に有利な笛を吹かなければ」と思わないわけで、日本はホームであってもせいぜい公平なジャッジしか得られないのである。

日本は、アジア予選において、永続的に、そして何処へ行っても審判の笛に泣かされそうである。

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