凶悪犯罪が起きると、必ずといっていいほど、その犯罪が起きた背景として、犯人の生い立ちや家庭環境などが報道される。祖母は「やさしくて、素直でいい子だったのに」、学校の先生は「真面目な子との印象があります」、等々。
私も、前に「秋葉原の惨劇」の中で、彼の親の問題について書いたが、最近の報道内容をみると、「ほぼ間違いないな」と思うようになってきている。
加藤智大容疑者は、幼少の頃、祖母が言うようにとても素直でいい子であったに違いない。ただ、「素直でいい子だったから凶悪犯罪を起こすはずがない」というのは間違った考え方で、幼少の頃、ある程度悪ガキと言われていた子の方が、凶悪犯罪は起こさないように思う。そういう子は、ストレスを発散する術を知っているからである。むしろ、「素直でいい子」の方が、じっと我慢してストレスを内にため込む傾向があり、危険である。
小学校時代、中学校時代は、教育熱心な母親が、加藤容疑者に過度の期待をかけていた。加藤容疑者は、素直でいい子だから、親の期待に応えようと一生懸命勉強する。そして、県内有数の進学高校に入学。親としては、当然のことながら、弘前大学、または東京の有名大学にでも入ってくれればと考えるであろう。
高校時代になって、多分、この辺りからTVゲームやパソコンの世界にはまりだしたのではないかな。幼少期、小学校時代は勉強ばかりしていたから、友達が少ない。進学塾に通っていれば、「友達はライバル=敵」のように教えられるから、真の友達がいない。そんな中、成長とともに徐々自我に目覚め、親の言いなりになって勉強していることに違和感を覚え出す。反抗期とも重なり、親を無視し始め、人間関係の煩わしさが少ないネットの世界にはまっていく。閉じこもり人生。
親は慌てる。なぜ、急に勉強しなくなったのか。なぜ、親に反抗するのか。あんなにいい子だったのに。「勉強しなさい」と子どもを叱る。子どもは余計に反発する。完全なる悪循環。
ここで、親がとるべき行動は、子どもに詫びることなのだ。「勉強ばかり強要して、申し訳なかった。」「お前の人生なんだから、お前の好きなように生きなさい。私たちも、お前のやりたいことであれば、ちゃんとバックアップするから」。しかし、大抵の親は「期待」が「失望」に変わり、子どもが悪いと考えてしまう。そして、徐々に子どもへの愛情を失っていく。
また、「子どもがこうなったのはお前のせいだ」と親同士で非難し合うようになる。「お前が、勉強ばかり強要するからだ」「あなたは、子どもに全く無関心だったじゃないの」「あなたがバカだからうちの子もこうなったのよ」・・・・・。こうなると、もう最悪。加藤容疑者の親は、この頃、離婚しているようだ。離婚の原因はわからないが、子どもが思うように育たなかったことで、お互いをののしり合っていたのではないだろうか。
子どもに対する「期待」が「失望」に変わった親は、とたんに子どもを可愛がらなくなる。実は、この状況に似た話が金八先生の第8シリーズの中にある。生徒の女の子がネットカフェに通う話である。弟が有名私立中学に入学してから、有名私立中学を落ちて地元の公立中学に入学した自分を、全く可愛がらなくなる。弟ばかりを可愛がる親に反発し、家に帰らないでネットカフェに入り浸るという話である。正にバカ親の話。この金八先生第8シリーズは、実は全ての話がバカ親のオンパレードである。子どもの喧嘩に親がしゃしゃり出てきて、裁判だ、裁判だと騒ぎ立てるバカ親の話、アル中のバカ親の話、自分の子どもの描いた絵が、大学生に描いてもらったにも拘わらず、そのことに気づいて入選作品に選ばなかった教師に切れまくるバカ親の話、自分の娘を特別扱いし、海外の学校に行かせたがるバカ親の話・・・・・。私は、特に最終話の金八先生のコメントに感動した。今思い出しても涙がでる。(地元の公立中学生をバカ扱いし、海外の学校に行かせたいと考えている政治家のバカ親に向かって)「それは高い山に昇って下を見渡せば気持ちがいいでしょ。あなた方エリートが高い山なら、こいつら(公立中学校の生徒を指して)は裾野です。高いところにはいません。でも、裾野には、色々な物がある。勿論、汚いゴミもある。でも、川は流れ、花が咲き、多くの生き物が活動している。高いところは、下を見れば気持ちがいいかもしれないが、足下をご覧なさい。そこは味気の無い岩ばかりなんですよ」。記憶が定かではないので、台詞内容がやや違うと思うが、趣旨としてはこんなことを言っていたように思う。この台詞の中に、私がいいたいことの全てが集約されている。
更に話が脱線するが、金八先生は本当によくできたドラマである。その時代時代の問題点を見事に捉えているのだ。我々の時代は、明らかに生徒が悪役。正に校内暴力全盛の時代であった。そして、校長がいい人で、教頭が悪い人。まあ、学校は被害者だったわけだ。一方、現在は親が悪役。正にバカ親全盛時代。そして校長が悪い人で副校長は頼りがない人。親だけではなく、世間体ばかり気にする学校も悪役なのだ。私の知人の中学校教師に、「バカ親は、金八先生を観て、どのように思っているのだろうか?」と質問したら、「観て欲しい親は観ていないんだよ。観る必要の無いまともな親が観ている。そんなものだよ。」との返事。「なるほどね~」と思った。
本題に戻るけど、親の離婚。親にとっては、それぞれの人生があるだろうし、嫌だと思う相手といつまでも一緒にいる必要は無い。ただ、一つだけ言えるのは、子どもにとってはとてつもなく地獄であるということ。私の中学時代の友人で、とても真面目な奴だったが、親の離婚をきっかけに不良になったやつが2名いる。親は、子どもに対する「責任」という2文字も、肝に銘じて欲しい。親の離婚は、子どもの心にとてつもなく大きな影響を及ぼすのだ。
彼は、自動車整備関係?の短大に入学している。自動車整備が本当に好きだったかどうかはわからないが、多分好きではなく、親に対する反抗からその道を選んだのではないだろうか。親の愛がない、友達がいない、そして、親の反抗から好きでもない道を選んでしまった・・・・・・・・後は奈落の底にまっしぐらである。
これは、私なりの分析であるが、とにかく私は、子どもが悪くなる原因の99%は親のせいであると考えている。なぜなら、私は(2人の娘の)「親」だからである。親は、親が悪いと思うべきなのだ。子どもが親を悪いと思い、親が子どもを悪いと思えば、何も解決しない。子どもは未熟である。だから、親は親が悪いと思わなければならない。学校と親の関係も同じである。学校が親を悪いと思い、親が学校を悪いと思えば、何ら解決につながらない。親は親が悪いと思い、学校は学校が悪いと思わねばならない。いじめも同じ。いじめっ子の親は、いじめた側を悪いと思い、いじめられた子の親は、いじめられる側が悪いと思わなければならない。間違っていないと思うのだが・・・。