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2007年4月23日 (月)

味スタで初勝利

21日は横浜FC戦。午前中に病院で消毒を済ませ、「順調に回復しています」と言われたので、そのまま味スタに直行。いつもはゴール裏だが、さすがに飛び跳ねることはできないし、立ち見は辛いので、今回はバックスタンド側から観戦することにした。

横浜FCは、昔の代表経験者を多く揃えているが、引退間近の高齢選手が多く、今のところ最下位。さすがに横浜FCには負けないだろうと思いたいが、FC東京もドベから3番目で、成績は横浜FCと大差がない。一つだけいえるのは、今日負けるようなことがあれば、原監督の立場はかなり悪くなると言うこと。最下位に落ちる可能性も非常に高い。

ただ、ここのところ、ワンチョペが調子を上げてきているし、守備も安定してきており、自分としては、けっこう楽観視していた。むしろ、ワンチョペがハットトリックくらいやるのではないかとワクワクしていた。

試合開始。横浜FCは、相変わらず守備重視。・・・・というか、5バックで守備しかしてないんじゃないかという感じ。「これなら、得点を入れにくいが、得点を入れられることもないだろ」と思っていたら、立て続けに決定的なシーンを作られる。カズがシュートをはずしてくれたから助かったが、かなり危なかった。ワンチョペ~。頼むぞ~。ワンチョペは、キレキレというわけではないが、さほど動きは悪くない。時折、スーパープレイをみせるが、ゴールまではつながらない。ナオに素晴らしいパスを出したが、ナオのシュートは相変わらず空に向かって一直線。サッカーのゴールが、5メートル上にとりつけられていれば、ナオは得点王かもしれない。そのくらいナオはゴールをふかしまくっている。もうグラウンダーしか打つな!結局前半は0対0。やばいんじゃないの。相変わらず、東京の選手は足が止まっており、連動性も全く見られない。

後半開始。ここで、浅利のパスがワンチョペに渡り、ワンチョペから今野に渡り、今野がシュート。そして、ゴール!!!!!。やっとゴールだよ。「これで、どんどん点を重ねてくれるだろ」と思っていたら、再び動きが停滞。そして、これまでのチャンスシーンは全てワンチョペが作っていたように見えたが、原監督のクソ采配が炸裂し、ワンチョペ交代。そして、憂太が入った。憂太を入れるのはいいが、何でワンチョペ交代なの?多くのサポーターは、憂太とワンチョペの連携をみたいのではないだろうか?

結局、1対0で辛勝。まあ、後半に関して言えば、横浜FCに攻められることはほとんど無く、安心して見ていられたが、これもFWにけが人が続出している横浜FCが相手だったからであり、そうでなければやられていた可能性は高い。

とにかく、わからないのは原監督の采配。横浜FCの攻撃は全く迫力が無く、こんな試合だからこそワンチョペをフル出場させたほうが良かったのではないだろうか。せっかくワンチョペもやる気になってきており、今日も、全てのチャンスを彼が演出していた。そんな選手を後半10分で交代。原監督は、本当にワンチョペ中心のチームを作る気があるのだろうか。俺がワンチョペなら、少し腐る。それから、あれだけ練習で調子の良かった赤嶺をぜんぜん使わない。今日は、赤嶺を出すチャンスだったのではないだろうか。どうも、原監督は型にはめた采配が多すぎる気がする。交代選手は、馬鹿の一つ覚えみたいに憂太、ノリオ、ノブオに固定している。また、やたら梶山も使いたがる。このままでは、赤嶺が腐ってしまうぞ。また、選手間の競争もないし、これでは選手が育たない。神戸に行った近藤は、現在、神戸で大活躍しているが、あのまま東京に居れば、多分ベンチ入りも危うい状態だったと思う。

わからない。どうしても原采配が理解できない・・・・・・・・・・・

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消毒

退院前のH先生との歓談で、消毒について話をした。「自分で消毒してはNGですかね?」。答えは「NG」。傷口は骨まで達しているわけで、自分で消毒するのは危険とのことである。結局、1日おきに消毒のために通院しなければならない。家では、患部を濡らさないようにと注意された。だから、入浴は不可。シャワーはOKだが、必ず足にビニールを被せ、患部を濡らさないように注意しなさいとのことであった。念のため、「濡れてしまったらどうすればいいですか?」と聞いたら、「そんなことは無いと思うけど、濡れてしまったらすぐに病院まで電話を下さい。感染したら大変ですから・・・」ということであった。先生はけっこう深刻な顔で語っており、これは濡らしては大変である。

退院後の第一の楽しみは、とにかくシャワー。入院中はシャワーを浴びられなかったため、なんか身体が臭いような気がする。退院して家に帰り、すぐに足にビニールを被せ、シャワーを浴びた。「気持ちいい~」などと思っていたら、何かビニールを巻いている足が濡れているような気がする。ビニールを巻いて、ガムテープを巻き付けたからそんなことはあるまいと思っていたが、ビニールをはずすと、なんと包帯がかなり濡れている。ビニールと足の隙間から水が流れ込んだようだ。うぎゃ!!!やばい。顔面蒼白。すぐに病院に電話。アンラッキーなことに、今日はH先生は休みである。病棟に電話し、看護師jに事の成り行きを説明したところ、「他の先生に対応方法を聞いて、改めて電話します」とのこと。やばい。やばい。仕方ないから、包帯の上からドライヤーをあて、包帯を乾かしていた。そこで、病院から電話。「市販の消毒薬を買って、自分で消毒してください」とのこと。おいおい。H先生の言っていたこととかなり違うぞ。やはり、担当外の患者はどうでもいいのか・・・・。不安ながらも、包帯を外すと、患部の上につけたガーゼはさほど濡れていない。「これなら、大丈夫かな」と思い、消毒することなく、乾かした包帯をそのまま巻いた。

2日後に消毒の予約を入れてあったので、それまではけっこうドキドキだった。2日後に消毒のため、通院。処置室に入って消毒。自分の心配は杞憂であった。「傷口はキレイですよ。ちゃんと乾いてますし、何ら問題はありません」と言われ、再度包帯を巻かれた。「良かった~」。

今日は、ビニールを2重に巻いてシャワーを浴びた。入浴と飲酒は、抜糸してからならOKとのこと。抜糸は28日だから、あと5日間禁酒。28日は宴会の予定があり、解禁と同時にしこたま飲むことになりそうである。

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2007年4月19日 (木)

退院日

 4月19日。やっと退院日である。入院の疲れからなのか、それとも個性派爺さんに慣れてきたのか、昨夜は熟睡できた。9時に寝るという小学生のような生活に慣れてしまったのだろうか。
 とにかく、今日はやることがないので、午前中に退院を決める。持ってきた仕事は終わっちゃったし、本も読み終えた。仕方がないから、午前中はずっとウォークマンを聞いていた(私はウォークマン派です)。
 10時頃、事務の方が来て、退院の手続きが完了したとのこと。最後の点滴をうって、片付けを済ませ、会計へ。費用は5万程度。思ったより安い。
 いやはや。やっと退院です。ちょっと寂しい気もするが、個性派爺さんともお別れです。お土産に、足に入っていたプレートをもらう。これは今度写真でアップします。
 自由だ~

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抜釘手術翌日

 導尿カテーテルも抜けたし、寝返りも打てるし、ほぼ普通の状態の人間に戻った。それにプレートと釘も無いのだから、サイボーグでもなくなった。ほんとうに、五体満足というのは素晴らしいことである。

 そして、待ちに待った朝食。パン、サラダ、マンゴーだけであったが、とても美味しかった。なんせ35時間ぶりの食事である。うめ~。豚のように朝食を食べた。

 基本的には、手術部位の痛みはほとんど無い。確かに骨折したときの痛みの1/100程度である。また、導尿カテーテルが抜けたので、トイレに行くついでに歩いてみた。術後初めての歩行と言うことで看護師も一緒だったが、ほとんど普通に歩くことができた。足をついたとき、少し痛む程度で、十分我慢できる範囲である。これなら大丈夫そうである。土曜日の横浜FC戦にも行けそうである。ただ、ゴール裏は無理かな。ゴールを連発され、跳ねることになったら大変である。いずれにしても、よかったよかった。

 ただ、オシッコをしたら、尿道がしみて痛かった。カテーテルが入っていたから仕方がないが、思わず顔をしかめるような痛みである。また、カテーテルを入れたせいか、膀胱に空気がたまっていたようで、それがオシッコの終わりにブブブブと音をたてて出る。まるでチ○チ○がおならをしているみたいである。本当に導尿カテーテルは嫌いである。

 退院は明日でも明後日でもいいようだが、とにかく早くこの特別養護老人ホームから抜け出したいので、明日にでも退院したい。オペ室で担当のH先生に聞いたのだが、大学病院の整形外科は、どこもこんなもの、つまり患者のほとんどが老人らしい。「GoMaさんのような若い患者は、珍しいですよ」と言われた。また、大学病院で骨折の治療を行うことは少なく、通常は他院に紹介してしまうようだ。私の場合は、かみさんがK大学病院で働いていたことがよかったようで、それでオペ室をあけてくれたらしい。つまり、大学病院で骨折や抜釘手術をする人は、コネのある人だけとのことである。そんなものなのか。だから、整形外科に若い患者さんは、まずいない。

 それにしても、整形外科の看護師は大変である。基本的には、動けない患者さんばかりだから、自分でトイレに行くことはできない。体位変換もできない人が多い。そのため、ナースコール爺さん以外の患者さんも、しょっちゅうナースコールを押している。私の目には、外科病棟以上に大変そうに見えた。徘徊爺さんは、やはり軽い精神障害があるようで、途中から「俺は飯を食わん」と言い出していた。精神看護まで求められており、本当に大変そうである。

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手術日2

病棟のベットに寝させられ、そのまま病棟へ。個性派の爺さん軍団が、何も変わらずそのままの個性で待ちかまえている。ただ、今回はそれどころではない。独り言、いびき、徘徊、TV・・・そんなことはどうでも良い。なんせ、まだ麻酔が切れていないため、下半身が全く動かない。寝返りがうてない。そのため、妙に腰が痛い。腰から下側に麻酔が効いているのだが、なぜか腰は痛い。とにかく、腹が減った~。水でもいいから飲みたい。とにかく、9時までの3時間を我慢すれば、少なくとも水を飲める。

手術がうまくいったので、子どもと犬に餌をあげなければならず、かみさんは帰宅。一人になって頼りになるのは看護師さんだけである。とにかく、腰が痛い。寝返りをうちたい。「寝返りをうたせてほしい」とお願いするためにナースコールを押すか・・・。なんか知らないが、今回入院してから1回もナースコールを押していない自分を妙に誇らしく思っていた。これは、ナースコール爺さんの影響も大きいと思う。ああいう爺さんにはなりたくない。ただ、あまりにも腰が痛いので、ナースコールを押した。すぐに看護師さんが来てくれた。「腰が痛いのですけれども、寝返りをうてなくて・・・・」。看護師さんは、「わかりました」と言って、すぐに自分の体位を変えてくれた。よく考えれば、老人相手で体位変換はお手の物なのだ。ベッドにつかまって、一生懸命上半身の力だけで体位変換しようとしていた自分が馬鹿に見えてきた。

そうこうしているうちに時は流れ、やっと9時になった。少しだけなら水を飲むのを許された。しまった。かみさんに飴玉を買ってきてもらうのを忘れていた。仕方なく、水だけで我慢する。ひもじすぎる。

時間の経過とともに、順調に麻酔が切れてきて、右足をやっと折り曲げられるようになった。これだけでもかなり楽になった。そして、徐々に左足の感覚ももどってきた。それなりに寝返りもうてるようになってきた。ラッキー。かなり楽である。

しかし、それと同時に予想しなかった事態が。ち○ち○の先に導尿カテーテルをいれているのだが、これが妙に気になるのだ。ち○ち○の先が痛い。寝返りを打つと、引っ張られるような感じで、かなり痛い。実は、前回もこのカテーテルを入れていたのだが、その時は全く気にならなかった。それは、前回は骨折ですぐに痛み止めを使ったため、ち○ち○の先の痛みも和らげられていたのだと思われる。腰も同じである。今回は抜釘なので、基本的には痛み止めを使わない。だから、痲酔が切れると、導尿カテーテルの挿入感がはっきりとわかるのである。

股間から管が出ていて、それが尿バックにつながっているのだが、眠るとそれを蹴ってしまいそうな感じもあり、気になってなかなか眠れない。「管が外れて、オシッコまみれになったらどうしよう?」等とくだらないことを考えてしまう。仕方がないので、2回目のナースコール。「すみません。もう両足が動くようになったので、痲酔もほとんど切れたと思います。この導尿カテーテルを抜いてくれませんか?」もう、カテーテルを抜くのは誰でも良い。前回は、スケートの岡崎のような子で大喜びしたが、この際、婦長さんでも誰でもいいから抜いて欲しい。ところが、結論は×。膀胱は、痲酔から覚醒するのが一番遅く、朝までカテーテルを抜けないとのこと。ひぇ~。カテーテルを抜くと、膀胱に尿がたまっても、痲酔で尿意をもよおさない状態となり、下手をすると膀胱が破裂するそうである。前の会社で導尿カテーテルを作っていたが、そんな話は初めて聞いた。でも、仕方がない。結局、入眠剤をもらい、何とか眠ろうと努力した。しかし、いつになく隣のじいさんのいびきはでかいし、ナースコール爺さんは10分おきにナースコールを押し続けているし、突然TVがなり出すし、一向に眠れない。また、前回と違って痛みが少ないせいか、ち○ち○が余計な反応を繰り返す。反応すると、しこたま痛い。そこで、なんとか痛み止めの座薬をもらい、それを入れた。実は、手術した足の方は、軽くうずく程度で我慢できない痛みではない。痛いのは腰である。座薬を入れてほどなく腰の痛みが消え、なんとか入眠モードに入った。

 そのまま朝へ。早朝、「カテーテル抜きましょうね」と看護師さんが来てくれた。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!・・・と思ったら、眼鏡の看護師。別に眼鏡は嫌いではないが、インテリ風の顔をした看護師さんである。まあ、贅沢は言わない。ただ、カテーテルを抜くとき、なんか汚い物体をつまむようにわたしの股間をつまんでいたあの姿は忘れない。当然、何の反応もしない。あ~、ちっとも気持ちが盛り上がらない。

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手術日1

 今日も朝から雨。昨夜は、周りの個性的な爺さんのお陰で、ほとんど眠れなかったため、頭がぼーっとしている。午前中、1時間くらいは眠っただろうか。仕事をしたり、本を読んだり、眠ったりしながら、午前中をすごした。前日、コーラックを飲んでいたので、普通にウンチもでた。排便が無ければ浣腸だったので、一安心である。辛いのは空腹感。手術前だから、当然朝食を食べられない。そして、昼食も食べられない。隣の爺さんは、あいかわらず独り言を言いながら朝食を食べている。食後に独り言をいいながら、煎餅まで食ってやがる。「おお。固いな。この煎餅は固いんだな~」。こっちは腹ぺこだというのに・・・わけがわからない。何かむかつく。

 手術は午後とだけ言われており、時間は決まっていない。オンコールというやつである。抜釘はたいした手術ではないので、後回しにされるようだ。1時になっても連絡がない。2時になっても連絡がない。腹減った~。手術前に餓死しちゃいそうだ。1時すぎにかみさんが来たが、かみさんも「遅い遅い」とイライラし始める。結局、2時半頃オペ室から連絡があり、3時オペ開始とのこと。オペ着に着替え、ふんどしのようなパンツをはかされる。とても格好悪い。右足には、肺塞栓防止のタイツをはかされる。痲酔で右足が動かない状態が続くので、血液が固まり、肺塞栓になる方がいるようだ。怖い、怖い。そして、2時50分に、やっとお迎え。車椅子で行くのかと思っていたら、ちゃんとストレッチャーが用意されていた。歩いてでも行けるのに、なんか大げさな気がした。ストレッチャーに寝て、そのままオペ室に運ばれる。空腹だから、天井を見ていたらストレッチャーで酔いそうになった。

 エレベーターを2回ほど乗り継いでオペ室到着。K大学病院のオペ室は、なんと16室もあるらしい。左側の一番奥の部屋に運ばれる。麻酔医は、昨日来た女医と違って、男性の先生であった。脊椎麻酔時の痛みは、麻酔医の腕の善し悪しでかなり変わる。顔を見た感じでは、合格。説明に来た女性の麻酔医は、「多分、私が麻酔を担当します」と言っていたが、がさつそうな先生だったので、ちょっと良かったかなとも思った。

オペ室のベッドに寝かされ、心電図、血圧計など体に取り付けられ、いよいよ麻酔開始。背中を猫のように丸くして、背骨あたりに皮膚麻酔をし、その後腰椎麻酔用の針を刺される。ちょっと痛い。脊椎麻酔は、これで3回目だが、今までの中では一番痛みを感じた。ただ、ひどい痛みというわけではなく、十分許容できる範囲である。麻酔が終わり、痛みに対する恐怖はこれでなくなった。一安心。だんだん足に感覚がなくなってくる。そして、ついに何も感じなくなった。ほんとうに麻酔の技術というのはすごいものである。今なら、間違いなく足を切り刻まれても痛みを感じないであろう。

 結局、手術を開始したのは330分。手術中、見習いと思われる若い麻酔医から「気分は悪くないですか?」と何度も聞かれたが、特に気分が悪くなることはなかった。ただ、空腹であるのが辛い。「腹減った」と言ったら、軽く笑われただけで、何もしてくれなかった。とにかく早く夕飯が食べたい。それだけである。

 抜釘手術は、2030分くらいと聞いていたが、30分を過ぎても終わる気配はない。「抜きにくい釘でもあるのだろうか」「ミスって再骨折しちゃったんじゃないだろうか」など、色々と考えてしまう。結局、手術が終わったのは5時。思ったよりも時間がかかったようだ。主治医のH先生が「無事に終わりましたよ~」と挨拶に来たので、「先生、腹減って死にそうなんだけど」と言ったら、下半身麻酔は当分抜けないから、9時までは水を飲んではダメ。また、明日まで食事もダメ。ちょっと待った~!まじっすか先輩!!!夕飯だけを楽しみにしていたのに。ひぇ~。ラーメン食べたいよ~。肉が食いたいよ~。「先生、せめて飴玉をなめるのはダメですか?」・・・・・・・「ダメ」という悪魔のようなお言葉。結局、今日は、朝から晩まで飲まず食わずである。辛すぎる。

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抜釘手術で入院

 いよいよ入院日である。骨折から1年。やっと抜釘にたどりついた。抜釘をする・しないは自由らしいが、抜釘をする人は、欧米人に少なく、日本人に多いらしい。自分は、骨折の時に緊急手術になったこともあり、ステンレス製のピンとプレートが入っているので(普通はチタンを入れる)、抜釘した方がいいようである。

朝の天気はくもり。かみさんも今日はK大学病院で仕事があるので、病院まで一緒に行くことにする。今にも雨が降り出しそうな天気だが、病院までは降らないだろうと勝手に決めつけ、病院まで歩いた。病院に到着して程なく雨が降り出す。なんとなく、運がいいかもしれない。

 入院受付で、保証金の10万円を支払い、いくつかの書類を提出して、病棟に案内される。前回は整形外科病棟にベットの空きが無く、外科病棟にまわされた。まわりのほとんどがガン患者であり、暗い雰囲気の病棟であった。今回は、整形外科病棟だから、さすがにそれは無いであろう。雰囲気も明るいかな。それに、同じようにサッカーで骨折した人とかいないかな~などと思っていた。

 案内された病棟は6人部屋。まあ、3日程度の入院だし、大勢いた方が友達になれて楽しいだろうなどと考えながら部屋に入ると・・・・・ひぇ~、自分以外全員70過ぎの爺さん!!!やばすぎるよ、これは。ここは特別養護老人ホームか?老健施設か?いずれにしても、やばすぎます。それで、担当の看護師さんは・・・???キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。こちらは、不吹ジュンに似た感じの、可愛らしい方であった。うっしっし。「整形外科の看護師は可愛い人が多い」とK大学病院に勤務する友人から事前に情報を得ていたが、これは情報通りである。さすがW君!!

 何で爺さんばかりの部屋なんだろう?若い人の部屋は無いのだろうか?とにかくジタバタしても仕方がない。まずは、ここで我慢するしかない。とにかく、現在、足首に金属が入っていること以外、自分の体に悪いところがない。普通に歩けるし、食欲もある。周りの人から見れば、“何であの人は入院しているのだろう”という感じであろう。明らかに周りの方から奇異な目でみられている。いちいち説明するのも面倒だし、今日は1日PCに向かって仕事と決めた。

 お陰で仕事は順調に進み、入院中にやろうと思っていた集計作業が完了。思ったより早くできた。ただ、昨年の入院時は院内の無線ランに普通に入れたのだが(セキュリティ甘過ぎ)、今年はさすがにセキュリティがかかっている。これではメールもインターネットも使えない。残念。

 その後、明日の手術に必要な書類に必要事項を記入。・・・と、書類の麻酔法の欄に「全身麻酔」と書いてある。おいおい。足首の抜釘手術で全身麻酔はないだろ!と思い、看護師に尋ねると、「いえ、全身麻酔でオーダーが出ています」との返事。「そんなわけあらへんやろ。チッチキチー」といった気分である。その後、麻酔医(一応女性)が説明に来たので、本当に全身麻酔か?と尋ねたら、「脊椎麻酔でも全身麻酔でもどちらでもOKですよ。お好みなら硬膜外麻酔でもいいですよ!」とのこと。何だ、このいい加減な麻酔科医は!!手術中、意識があればオペ室を色々と見学できる。また、全身麻酔の経験がないので、全身麻酔を一度受けてみたい気がする。色々と悩んだが、やはり脊椎麻酔を希望した。背中に針を刺されるときは痛いが、全身麻酔ほどリスクは高くない。それに前回の手術で脊椎麻酔を経験しており、安心感がある。その後、主治医のH先生が来て話し合い、結局脊椎麻酔に決定した。

特にやることは無いので、本でも読んで時間をつぶす。また、明日の手術に向けて、9時以降は絶食、12時以降は水も飲めない。明日の手術開始予定は午後だから、午前中はかなりひもじい思いをすることになる。

そして夜。病院は9時消灯なので、9時に部屋の電気が消える。そこから、同室の爺さんたちの信じられない個性が発揮された。まず、独り言・いびき爺さん。自分の隣のベッドの爺さんである。昼は独り言の連発。夜は、ほとんどいびきをかいている。この爺さんはなかなか面白く、夜、ず~っといびきをかいていたと思ったら、ぱっと目を覚まし、「あ~、眠れない」と独り言を言うのである。十分寝てるだろ!こら! 次に、ナースコール爺さん。すぐにナースコールを押す爺さん。背中がかゆいという理由でナースコールを押したのには閉口した。また、間違いコールも多く、看護師さんもかなりいらだっている様子。院内徘徊爺さん。夜中に徘徊するじいさん。昼間は寝ていて、夜になると院内を徘徊している。一度階段でこけて、危険と言うことでその日の夜から夜中は手足を拘束されていた。この爺さんは昼に寝たいらしく、昼なのに看護師に睡眠薬をオーダーしている。さすがに看護師は「お昼に睡眠薬は出せません」と言って取り合わない。へこき爺さん。すぐ屁をこくじいさん。何か臭ってきそうで、とても嫌である。食事中もお構いなし。せめてすかしっぺにしてくれ。最後にTV爺さん。消灯後なのに大音量でTVをつける。自分ではイヤフォンをつけていると思いこんでいるらしい。・・・・・とまあ、こんな個性的な爺さんに囲まれてしまった。自分は繊細な神経を持っているので、こんな爺さんに囲まれて眠れるわけがない。やばいところに来てしまった・・・。結局、熟睡しないまま朝になってしまった。

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2007年4月 8日 (日)

ルーカスについて

ルーカス。いい選手である。とてもまじめで、本当にFC東京のことを愛してくれていると思う。いつも笑顔でフアンに接してくれるし、本当に性格の良さが体全体からにじみでている。プレイぶりも、FWなのに守備に走り回るし、ボールキープ力も高い。

自分は、そんなルーカスが大好きなんだけど、ここ数年、FC東京が低迷している最大の原因はルーカスのせいではないかと考えている。別にルーカスが悪いわけではない。とにかく、彼は間違いなくFC東京のために、一生懸命プレイしてくれているのだから・・・。

ただ、ルーカスは、非常に使い方が難しい選手だと思う。もともとはFWの選手だと思うが、ワントップで彼を使っても、あまり機能しない。ボールキープ力はあるが、ドリブルによる突破力が無いし、フィジカルが弱い。スピードが無いわけではないが、決して速いとは言えない。シュートは、FWとしては下手な方ではないか。いい軌道で飛ぶのだけれども、ボールが落ちないから、ほとんどが枠の上を行く。特にマークがきつくなると、ペナルティエリア内に入っても、シュートを打てない。

昨年は2列目に入り、ゴール数が多くなった。2列目で、マークが甘くなったからであろう。しかし、パス能力が高いわけではない。トップ下としては視野が狭いし、意表を突くようなパスはほとんど出せない。ロナウジーニョのように左サイドで使われたこともあるが、クロスの精度は低いし、あまり機能しなかった。

FC東京には、栗沢、憂太、梶山というようにトップ下にいい選手が揃っており、ルーカスをトップ下にすると、彼らの出番がなくなる。梶山は、ボランチで使われることが増えてきたが、福西の加入で、梶山は、やはりトップ下が中心の選手になると思う。

自分が考えるに、ルーカスは2トップのFWで生きる選手だと思う。でも、FC東京は伝統的に4バックのシステムを採用するから、トップ下を置くと、2トップが出来なくなる。やむを得ず1トップになるわけで、そうなるとルーカスのゴール数は激減するわけである。結局、ルーカスは東京のシステムに合わないのではないかと思う。

今の東京に必要な外人は、決定力のあるFW、そして精度の高いクロスをあげられる左サイドの選手である。まあ、決定力がある外国人としてワンチョペとササ(今はレンタル移籍中)がいるわけだが、ルーカスを使おうと思うと、どうしてもワンチョペとササを使いにくくなる。原さんも、かなり頭を悩ましていることであろう。ササはレンタルに出されてしまい、ワンチョペも中途半端な使い方ばかりされているのは、皆さんもご存じの通りである。更にでくの坊平山を育てろと圧力がかかっていれば、混乱が攪乱になって、ノイローゼになってしまうのではないかな。原さんの更迭も時間の問題になってきたが、確かに原さんも可哀想である(もともと4バックにこだわっているのは、彼だけど・・・)。

とにかく、ルーカスは、どうしても東京にはまらない。「ケリーが抜けてから、東京が弱くなった」と言う人がいるが、自分は「ルーカスが入ってから東京が弱くなった」と考えている。

ただ、今の東京からルーカスが欠けたら、もうボロボロである。今、ルーカスを切るのは明らかにリスキーである。今の東京のメンバーを考えれば、3バックを採用することが、一番ではないだろうか。FWはワンチョペ、ルーカス、そしてサブに赤嶺。平山は、修行。トップ下に栗沢と憂太が交互に入る(梶山は修行)。ボランチは、勿論今野と福西。交代要員として、金沢と池上。右サイドはナオ・・・最近のナオはダメダメだけど、ナオには頑張ってもらうしかない。左サイドは、今は規夫。でも、もっと精度の高いクロスが上げられる外国人が欲しい。3バックはモニ、イノハ、徳永。藤山は交代要員。

「東京の象徴とのいえるサイド攻撃が見られなくなる」と言う人もいるが、最近、きれいなサイド攻撃を見たことがない。福西を起点に、中から崩していく戦法に切り替えたらどうだろうか。はまると思うんだけどな~。

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