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2006年12月20日 (水)

寂しすぎる

仙川に行きつけの寿司屋がある。「鮨助」という名のお寿司屋なんだけど、仙川の裏通り→ほとんど人通りのないところに位置しており、いつも空いている。でも、いいネタが揃っており、味は銀座の一流寿司屋以上である。マスターの人柄も良く、自分はその寿司屋が大好きである。

昨日、サッカー仲間の深尾じじいと久々に「鮨助」に行った。6時頃に行ったせいもあるが、客は誰もいない。店に入って、「今日も空いてるね。ノロウイルスのせい?」と聴くと、いつもは「もう倒産寸前ですよ」と笑顔で返してくれるのに、今日のマスターは悲壮感漂う顔で「今年いっぱいで、店を閉めることにしました」。

「えっ。まじですか?」
「もう5年続けて赤字続きで、貯金も無くなりました。現在、ハローワーク中です。」

確かにここのところ空いてる時が多かったけど、まさか店を閉めるとは思ってもいなかった。ギリギリでやれているのかと思っていた。「鮨助」は味が良い分、確かに値段もそこそこである。満足できるくらいお酒を飲んで、お腹いっぱい寿司を食えば、2人で2万5千円はとられる。仙川でこの値段は高いかもしれない。自分も仕事が不景気で、2ヵ月に1回行けるかどうかと言うところであるが、そこまで追い詰められていたのなら、もう少し頻繁に利用すれば良かった。

結局、昨日も我々とお年寄りの客が2名来ただけであった。12月になって、1組も客が来ない日が3日間もあったようだ。マスターと色々と話をしたが、結局、仙川の街が急速に発展し、客が裏通りに全く流れなくなってしまったのが最大の原因のようである。そして、回転寿司の増加により、ファミリー客は全く来なくなった。更に、小泉のバカ改革で、ここ3年くらいの間に一般庶民の生活レベルは明らかに低下した。

我が家も、ファミリーで寿司屋に行くときは、大体回転寿司である。なんぜ、子供が普通の寿司屋に行きたがらない。店主に向かって注文するのが嫌なようである。

「鮨助」は、大好きな店だったのに・・・寂しい~寂しすぎる。自分は空いていて美味しい店が大好きである。だから、ひいきの店が次々と閉めてしまうのも事実である。今年もひいきの店が3軒消失してしまった。

寂しすぎる・・・・・

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2006年12月16日 (土)

通院9

今日は久しぶりの通院日。フットサル中に高校生と激突して左足首を骨折したのが忘れもしない4月1日だから、骨折してから8ヵ月以上経過したことになる。いつものようにK大学病院に行き、まずは左足首のレントゲン撮影。今日は、いつもよりもかなり混んでいる。年末になると骨折者が増えるのか?30分くらい待たされて、やっと自分の順番。撮影の時間は3分もかからないから、すぐに撮り終えて整形外科の外来へ。外来も混んでいる。しまった。本を持ってこなかった。30分以上待たされることを覚悟で、待合室の椅子に座る。斜め前のあんちゃんも足首の骨折のようだ。スタイルからしてサッカーだろうか。アホは自分だけではないと思い、なぜかにやける。周りの患者を観察していたら、10分ほどで名前を呼ばれた。ラッキー。思ったよりも早かった。

いつものようにH先生。足の手術をしてくれたT先生は、福島県の病院に異動になってしまった。福島の病院でも下っ端なので、苦労しているようだ。そういえば、異動したらメールをくれると言っていたが、未だにメールが来ない。医者はいい加減である。H先生は、T先生ほどではないにせよ、やはり若手の部類に属するが、なかなか話しやすいし、いい先生である。私は気に入っている。先生:「もう98%骨が付いてますね。問題ありません」。頬がゆるむような嬉しいお言葉。「釘の必要も無くなっています。いつでも釘が抜けますが、いつにしますか?」。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。ついに抜釘じゃ。骨折して8ヵ月。このお言葉を待っていた。しかし、自分は来年の3月まで仕事が忙しいため、とても入院なんかできない。私:「4月くらいにやりたいんですけど・・・」。先生:「了解しました。それでは4月に抜釘をしましょう。」「では次回は2月に来てください。」

てなわけで、抜釘の日程も決まった。これでサイボーグではなく、普通の人間に戻れる。飛行機に乗る時も、ピンポンって鳴らないで済む。ただ、左足首をかばっていたせいか、最近、左足の膝関節が痛い。ついでに、今日の外来で診てもらったが、外見上は何でもなく、MRIを撮らないとわからないようだ。自分は足首に金属のプレートが入っているため、磁気を使って診断するMRIは使えない。MRIの機械に入ると、左足が張り付いてしまうようだ。膝の痛みを我慢し続けなければならない。これは、年齢的な問題かもしれないが・・・。(結局、湿布だけ処方してもらった。薬局に行ったら大量の湿布が出てきた。先生が気を利かせてくれたらしい。まあ、明らかに医療費の無駄遣いですが・・・)

とにかく、今年は怪我の多い1年だった。1月3日の初蹴りフットサル大会で左足の太ももを肉離れ。おかげでその後のハーフマラソン大会は散々な成績。そして、4月1日に左足首外顆骨折。手術、入院、車椅子。その後遺症か、最近は左足膝関節痛。それでも明日はフットサルの試合がある。足首にサポーターを巻き、膝にサポーターを巻き、太ももに肉離れ防止のサポーターを巻いている。ある意味、左足はボロボロの状態。年齢的にもかなりガタが来ている。でも、そうまでしてもやりたいくらい、フットサルは面白い。今や唯一の趣味だし。50歳まではフットサルをやりたかったが、このまま膝の痛みがとれなかったら、引退かな。むにゃむにゃ・・・。

もっと若いうちにサッカーと出会っていれば・・・と思う今日この頃である。

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