「大金持ちになりたい」というのは、万人の願いであろう。大金持ちになれば、働かなくてもいい、何処へでも旅行に行ける、金で買えるものであれば何でも手に入る、毎日好きなことをして暮らせる・・・・確かに素晴らしい。3億円を目指して、宝くじ売り場に大勢の人々が並ぶのもわかるような気がする。
ただ、“大金持ち”って本当に幸せなのであろうか。私は、確かに貧乏は嫌だが、大金持ちも幸せではないように思う。「小金持ち」くらいが丁度良いと思っている。年収にすると、30代なら800万円くらい、40代なら1000万円くらいであろうか。
まず、宝くじなど、働かずして3億円を手にすると、間違いなく労働意欲を失う。ちょっと嫌なクライアントに出会えば、「おめーの仕事はやらないよ」と思わず言ってしまうであろう。嫌な上司に出会えば、間違いなく喧嘩する。そんなことではまともに仕事ができないから、結局、仕事を辞めてしまうであろう。ただ、お金があるので毎日ゴルフ、スキー、サッカー、テニス等に興じることができる・・・・・と言っても、気の知れた仲間は皆仕事。平日は、暇な毎日を送ることになるであろう。皆、「あいつはお気楽でいいよな~」ってねたむだろうから、こちらからも誘いにくくなる。これって、実は不幸せではないですか。
そもそも、その人にとってのお金の価値というのは、その人がいかに満足するかにかかってくる。例えば、大学生の頃は「つぼ八に行ける」というだけで、大喜びであった。しかし、40代になると、「つぼ八はやめて、寿司屋に行こうぜ」ということになる。40代になると、それなりに収入が増えるため、つぼ八では満足できなくなってしまうのである。世の中での1万円の価値は同じであっても、そのひとにとっての1万円の価値は大きく変わっているのである。車もしかり。大学生の頃は、車を持っているだけで嬉しかった。それが40代になると、そこそこの高級車じゃないと満足できない。
金持ちになれば、満足できる事柄が増えるのならいいのだけれども、金持ちになっても、満足できる内容のレベルが引き上げられるだけで、満足の幅が広がるわけではない。満足の幅が広がるのではなく、金持ちになればなるほどかえって満足の幅が狭まるのである。前にTVに出ていたIT企業の社長が、「今、何が欲しいですか?」と質問されて、「もう物欲は無くなりました」と言っていたが、金持ちの行き着くところはそこである。物欲が無くなった人と、些細な物でも貰えれば嬉しい人・・・・・どちらが幸せであろうか。私は後者のように思う。つまり、人間は、満たされていない状態が続き、そこで苦労し、それが満たされたときが一番幸せなのである。常に何もかも満たされるような状態は、決して幸福とは言えない。
ちょっと下ネタ話になるが、こんな話がある。TV局の売れっ子ディレクターは、多くがインポだそうである。これは、いくらでも好きな女性タレントとエッチができるからである。TVを観て、「あの女性タレントをモノにしたいな」と思っている内が華であり、常に女性タレントをモノにできる状況になると、「こんなに可愛い子とエッチしてもこの程度かよ」と思うようになり、そのうちインポになるのである。まあ、嘘か本当かはわからないが、性欲とは幻想そのものであるのだから、理解できるような気はする。
いつでも海外旅行に行ける状況。確かに素晴らしいが、やはり毎日毎日働いて、やっととれた休みを使って行くからそれだけ楽しいのではないだろうか。いつでも行ける状況で海外に行っても、さほど楽しめない気がする。たまに見るからハワイの夕日は素晴らしいのである。甲子園球児たちも、辛い練習があるから優勝して嬉しいのである。何も練習しないで優勝しても、少しも嬉しくないと思う。
そんな風に考えていたら、宝くじを買う気にならないし、IT企業の社長になりたいとも思わない。まあ、次のような状況が一番幸せではないでしょうか。「建て売りでいいから30坪程度(東京の場合)の1軒屋に住む」「食うのに困らない程度の生活」「仕事は適度に忙しい」「時計は30万円程度のロレックス」「車は、ちょっと高級な国産車」「高級クラブに行くのは年に3回程度」「海外旅行は、5年に1回程度」「寿司屋は月に2回程度」「ゴルフは月に1回程度」・・・そして、いつまでも「つぼ八でもいいよ」と言える自分でありたいと思う。