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2006年7月25日 (火)

通院7

7月22日は1ヵ月ぶりの通院。今日は、松本でアントラーズ戦があるから、早く診察を終えたいところである。9時半にH先生の予約をとっていたが、9時に病院に到着し、すぐにレントゲン撮影。そして9時半前には名前を呼ばれた。

“サッカーの許可が得られるかな~”と思いながら、診察室へ入る。先生「調子はいかがですか?」 私「甲の部分のしびれは残っていますが、骨折部位の痛みはほとんどありません。7キロの距離まで走れるようになりました。」 先生「えっ?7キロ。そんなに走れるんですか?3キロくらいを走っているのかと思ってた」。うっ・・・まずかったのだろうかと不安がよぎる。でも、走れるのなら、いくらでも走ってもOKということで、特に問題はないようである。全力疾走もOK。但し、走り幅跳びはNG・・・まあ、走り幅跳びなんかしないからどうでもいいが・・・・。そして、サッカーは・・・・・・・・・・・・・・・・・・NGでした(涙)。先生「あと2ヵ月我慢してください」。ひえ~。あと2ヵ月も我慢か・・・・。

“サッカーで飯を食っているわけではないから、無理をするな”と言うことのようである。しかし、寂しい。辛い。つまらない。

ただ、大分調子がよくなってきたので、テーピングで足首をぐるぐる巻きにして、サッカーを始めちゃおうかと考えている。とにかく、捻挫にだけには気をつけなければならないが・・・。どうせおやじの緩いサッカーだし、大丈夫でしょ。

次回の診察は2ヵ月後。抜釘は、来年とのことである。

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2006年7月23日 (日)

7.22FC東京対アントラーズ戦

ホームだというのに、長野県松本市で開催。「ちょっと遠すぎるだろ」と思ったが、松本には大学時代の友人がいるため、無理矢理彼を誘い、2人で観戦を決めた。その日の夜は彼の家に泊めてくれると言うことで、帰りを気にすることなく観戦できる。諏訪や岡谷で集中豪雨があり、21日まで中央道の岡谷周辺が通行止めになっていたが、22日には開通。何とか中央道で松本まで行けた。それでも片道の高速代だけで5000円近くかかる。ガソリン代も入れたら・・・・・ああ、頭が痛い。これで福岡戦みたいな試合をしたら、ぼろくそにブーイングするしかない。

東京を10時に出発したが、特に渋滞もなく13時には知人宅に到着。そこから競技場までは自転車で20分とのこと。天気もまずまずだったので、自転車で直行。「ソシオ入場に間に合えばいいや」というノリで会場に向かい、3時半に会場到着。着いてビックリ長蛇の列。すげ~。しかしまあサポーターというのは有り難いもんですね。松本開催だというのに、会場周辺青赤サポだらけ。鹿サポもかなりの数。実際入場してみると、G裏の端の方は空いており、そこに席を取る。トラックがなく、コートと席がとても近いのに驚く。とても見やすく、会場としては十分満足。19時試合開始だったが、その頃にはほぼ満員になっていた。20000人収容の会場で、17000人は入っていたみたい。

試合開始。いきなり♪田舎でも~♪。これはまずいだろ。横の友人も閉口。試合の前半は東京ペース。・・・というか、福岡戦よりはいい試合をしていた。3バックだったが、徳永の右バックが意外に機能していた。ただ、ノリオが試合開始直後に脱臼?で文さんに交代。でも、文さんが入って、選手の統率がぐっと高まった気がした。やはり、文さんのように、声を出す選手が入ると、かなり違うのではないだろうか?

そして、イノハが左サイドハーフへ。これが、なかなか良かった。左サイドバックにもってきて、4バックにしても面白いと思う。少なくともノリオよりは100倍良さそうだ。これは、怪我の功名かもしれない。金沢も怪我なんかしてる場合じゃないぞ。そして、ルーカスは雷にうたれて覚醒!!!。2本とも素晴らしいシュートでした。積極的に動き回るしシュートは決めるし、言うこと無し。雷パワーがどこまで続くかわからないけど、とにかく雷様々。ナオは、ほぼ怪我の前の状態に戻ったと思う。けっこう体が切れていた。今ちゃんも、ひたすら動き回り、攻守に大活躍。いつのまにかゴール前に現れるような、神出鬼没の動きをしていた。一方、ノブオとモニは、雷で体が麻痺してしまったようです。ほとんどいいところ無し。リチェーリは、確かに足が速いが、サッカーは下手。ちょっと野洲高校でテクニックを学んできて欲しい。

後半になってミスが続き、チョッパー(鹿)に3点も献上。とにかく、連動がみられないし、パスがつながらないし・・・。そして、棒立ちになっている選手が多いこと。文さんが交代し、中盤を薄くした途端に守備が崩壊。そして、あっけなく、敗戦。「おめーら。中断中に何やってたんだ?」「茂庭!!!やる気あんのか~」と叫びたい気分。そして、泣きたい気分。クソクソクソ・・・・・・・・・・・。

掲示板を見ると、東京はワシントンという名のブラジル人の獲得に乗り出しているらしい。ガーロの秘蔵っ子のようだ。浦和のワシントンとかぶるが、勿論別人。実力は本物とのコメントもあり、ちょっと彼に期待してみますかね。

イノハ、モニ、ジャーン、徳永の4バック。今ちゃん、梶山のボランチ。右に石川、左に阿部ちゃんか憂太。ルーカスがトップ下でワシントンの1トップ。なんか、機能しそうな気がするんだけど・・・。甘いかな・・・。

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2006年7月19日 (水)

大金持ち

「大金持ちになりたい」というのは、万人の願いであろう。大金持ちになれば、働かなくてもいい、何処へでも旅行に行ける、金で買えるものであれば何でも手に入る、毎日好きなことをして暮らせる・・・・確かに素晴らしい。3億円を目指して、宝くじ売り場に大勢の人々が並ぶのもわかるような気がする。

ただ、“大金持ち”って本当に幸せなのであろうか。私は、確かに貧乏は嫌だが、大金持ちも幸せではないように思う。「小金持ち」くらいが丁度良いと思っている。年収にすると、30代なら800万円くらい、40代なら1000万円くらいであろうか。

まず、宝くじなど、働かずして3億円を手にすると、間違いなく労働意欲を失う。ちょっと嫌なクライアントに出会えば、「おめーの仕事はやらないよ」と思わず言ってしまうであろう。嫌な上司に出会えば、間違いなく喧嘩する。そんなことではまともに仕事ができないから、結局、仕事を辞めてしまうであろう。ただ、お金があるので毎日ゴルフ、スキー、サッカー、テニス等に興じることができる・・・・・と言っても、気の知れた仲間は皆仕事。平日は、暇な毎日を送ることになるであろう。皆、「あいつはお気楽でいいよな~」ってねたむだろうから、こちらからも誘いにくくなる。これって、実は不幸せではないですか。

そもそも、その人にとってのお金の価値というのは、その人がいかに満足するかにかかってくる。例えば、大学生の頃は「つぼ八に行ける」というだけで、大喜びであった。しかし、40代になると、「つぼ八はやめて、寿司屋に行こうぜ」ということになる。40代になると、それなりに収入が増えるため、つぼ八では満足できなくなってしまうのである。世の中での1万円の価値は同じであっても、そのひとにとっての1万円の価値は大きく変わっているのである。車もしかり。大学生の頃は、車を持っているだけで嬉しかった。それが40代になると、そこそこの高級車じゃないと満足できない。

金持ちになれば、満足できる事柄が増えるのならいいのだけれども、金持ちになっても、満足できる内容のレベルが引き上げられるだけで、満足の幅が広がるわけではない。満足の幅が広がるのではなく、金持ちになればなるほどかえって満足の幅が狭まるのである。前にTVに出ていたIT企業の社長が、「今、何が欲しいですか?」と質問されて、「もう物欲は無くなりました」と言っていたが、金持ちの行き着くところはそこである。物欲が無くなった人と、些細な物でも貰えれば嬉しい人・・・・・どちらが幸せであろうか。私は後者のように思う。つまり、人間は、満たされていない状態が続き、そこで苦労し、それが満たされたときが一番幸せなのである。常に何もかも満たされるような状態は、決して幸福とは言えない。

ちょっと下ネタ話になるが、こんな話がある。TV局の売れっ子ディレクターは、多くがインポだそうである。これは、いくらでも好きな女性タレントとエッチができるからである。TVを観て、「あの女性タレントをモノにしたいな」と思っている内が華であり、常に女性タレントをモノにできる状況になると、「こんなに可愛い子とエッチしてもこの程度かよ」と思うようになり、そのうちインポになるのである。まあ、嘘か本当かはわからないが、性欲とは幻想そのものであるのだから、理解できるような気はする。

いつでも海外旅行に行ける状況。確かに素晴らしいが、やはり毎日毎日働いて、やっととれた休みを使って行くからそれだけ楽しいのではないだろうか。いつでも行ける状況で海外に行っても、さほど楽しめない気がする。たまに見るからハワイの夕日は素晴らしいのである。甲子園球児たちも、辛い練習があるから優勝して嬉しいのである。何も練習しないで優勝しても、少しも嬉しくないと思う。

そんな風に考えていたら、宝くじを買う気にならないし、IT企業の社長になりたいとも思わない。まあ、次のような状況が一番幸せではないでしょうか。「建て売りでいいから30坪程度(東京の場合)の1軒屋に住む」「食うのに困らない程度の生活」「仕事は適度に忙しい」「時計は30万円程度のロレックス」「車は、ちょっと高級な国産車」「高級クラブに行くのは年に3回程度」「海外旅行は、5年に1回程度」「寿司屋は月に2回程度」「ゴルフは月に1回程度」・・・そして、いつまでも「つぼ八でもいいよ」と言える自分でありたいと思う。

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7.19FC東京×福岡戦

おいおい。システムが3バックに変わっただけで、その他は中断前と何ら変わっていない。まるでナビスコカップの福岡戦そのまま。常に福岡に押されっぱなし。どちらが上位のチームだかわからないような展開。福岡のパスはこきみよく見事につながる。一方、東京のパスは・・・・・・・・・・・・・・今日の試合で3回以上つながったことがあっただろうか?????MXテレビのアナウンサーは、東京の堅守をほめていたが、ぜんぜん堅守なんかじゃない。福岡の選手に決定力がないだけ。そういう意味では、福岡もなんら変わっていない。確かにあれでは福岡のサポーターはストレスがたまるわい。

いったい、御殿場キャンプで何をやっていたんだろう。ノリオは馬鹿の一つ覚えみたいに突進ばかりしているし・・・。ナオの復帰は嬉しいが、いきなりトップじゃやりにくいだろ。憂太の動きも今ひとつ。梶山は相変わらず。とにかく中盤より上の選手の動き出しが遅いからパスを出せない、つながらない。なぜ、連動した動きができないのだろうか。そういった練習をしていないのだろうか・・・・。

自分的にはやはりトップにルーカスを置いて欲しい。そして、3バックにするなら、やはりダブルボランチにしないとサンドバッグ状態になるのではないだろうか。今日は決定力のない福岡だから助かったが、決定力があるチームが相手であれば3点はとられていただろう。トップはルーカスとノブさん。トップ下に憂太。右にナオ。左にノリオ。ボランチに今ちゃんとイノハ。3バックはジャーン、モニ、マスでいいのではないだろうか。梶山は憂太の交代要員。コザはノブさんの交代要員。徳永はナオの交代要員。自分としてはこの選手配置の方がいいとおもうのだが、いかがでしょうか?・・・・宮沢も出場させたいな~。

22日に松本市で開催されるアントラーズ戦。ちょっと遠いけど行きますよ~。松本在住の友人をむりやり連れ出して観戦予定。「すごく面白いから、来てくれ」とお願いしたんだけど、今日みたいな試合をされたら、何とお詫びをしようか・・・。「あ~。結局、後半もダメ駄目東京ですか・・・」と思ってしまった今日の試合でした。

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2006年7月14日 (金)

いじめについて2

自分の子がいじめに遭った場合(中学生まで)の対処法について、自分なりの考えを述べてみたいと思う。

まず、最も大切なのが、「いじめられている自分の子が悪い。自分の子がいじめられているのは、自分の子供の側にそれなりの理由があるはずだ」というスタンスに立つことである。一般的に、自分の子がいじめに遭うと、担任に相談する→いじめの存在を認めさせる→いじめの主犯格を見つける→いじめの主犯格を叱る→いじめが無くなる・・・といった経過をたどるのではないだろうか。ただ、身体的欠陥をついたいじめ、人種差別によるいじめ、貧富の差によるいじめ等であれば、これでいいかもしれないが、もしいじめられる側に問題が潜んでいれば、これでは何も解決しない。多分、時の経過と共に同じ事を繰り返すであろう。だから、私であれば、まず担任に対して、「どうもうちの子がいじめられているようです。私は親だから、どうしても自分の子をひいき目に見てしまうため、なぜ、うちの子がいじめられているかわかりません。ただ、多分、うちの子が、皆に不快な思いをさせるような何かをしたのでしょう。先生は、そのことで何か思い当たることはありませんか?」と聞くことから始める。勿論、自分の子には、いじめを無くすための戦略として、こういった聴き方をするよということを、十分に説明しておく必要がある。そうしないと、子供が「親も私を信じてくれない」と思い、余計に事がこじれる。

先生から、思い当たる内容が出てこなければ、いじめっ子に対して同じ事を聞く。「うちの子が君に嫌な思いをさせたんだと思う。ごめんね。二度と君に嫌な思いをさせないように指導するから、その内容を教えてくれないかな・・・」と言うのである。ここで、その内容を話してもらえたらむしろラッキーである。

自分の子供にはやや辛い面もあるが、自分の嫌なところを知るのは大切であり、人間としての成長につながる。今後はそれに気をつければ、いじめられることは無くなるはずである。自分の子の嫌な点を指摘してもらえない場合でも、しばらくはあくまでも「自分の子の嫌な点」を主題にその子と話をするのである。決していじめる側を非難してはならない。そして、何度話しても自分の子の非を指摘してくれなければ、「それじゃあ、なんでうちの子はいじめられるのかな?」と話すのである。結論は、「いじめる方が悪かった」になるかもしれないが、こういったやりとりをしていけば、いじめる子の側も反省するようになり、再犯率も減るのではないだろうか。

学校は、いじめる側が悪いのか、いじめられる側が悪いのか、わかっていると思う。ただ、親がアホだから、どうしてもいじめられる側が悪いとは言えないのだ。だから、真実を見極めるためには、まず、いじめられている自分の子が悪いというスタンスに立って解決にあたることが大切なのである。

ここでもう一つ大切なのは、自分の子供の悪さがはっきりしたとき、それで親が子供をしかってはいけないということである。多くの場合、反省すべきは親なのである。子供が他の子供に不快な思いをさせるのは、ほとんどが親から受けるストレスが原因である。親の離婚、親の不仲、医者になれと押しつける、兄のようになれと押しつける、子供に愛を感じさせない教育・・・・。なぜ、自分の子がそういったことをしてしまったのか、その原因は親にあると考え、反省すべきなのである。

子供の教育は親の役割であり、学校の役割ではない。子供が不良化する原因は99%親のせいであり、学校のせいでも友達のせいでもない。そして、いじめの原因も99%親のせいである。とにかく、親がそういったスタンスにたたないと、決していじめはなくならないし、子供の不良化もなくならないと思う(万引きの第一歩は、親に対する愛情確認です)。

→ちなみに私の職業は教師ではありません。念のため・・・・・

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2006年7月13日 (木)

いじめについて1

先日、友人から電話があり、いじめについての相談をうけた。“どうも娘がいじめを受けているらしい”という。中学2年の娘さんである。顔は美形、スタイルもよい、成績は学年で1~2位を争う実力、運動神経も良い・・・ってなわけで、非の打ち所がないじゃん。「そんな子がなんでいじめられるの?」と聞いたら、「わからない」との返事。

私は、いじめについて考えるとき、勿論いじめる側の方が悪いのであるが、いじめられる側の非も必ず考えるようにしている。肉体的な欠陥をついたいじめ、人種差別によるいじめ、貧富の差によるいじめ等は明らかにいじめる側に問題があるのだが、それ以外のケースをよく調べていくと、意外にいじめられる側にも問題があるケースが多い。また、学校の立場として、いじめられる側を悪く言えないため、どうしてもいじめる側だけを叱りつけて終わってしまう。

いじめられる側でよくあるケースが、すぐ自慢する子である。何かにつけて自慢する子は、間違いなく嫌われる。また、威張る子、すぐ暴力を振るう子も嫌われる。そして、おとなしい子や不潔にしている子等は、ストレスを発散したいいじめっ子の対象になりやすい。おとなしい子は別にして、通常は何か他の者に嫌な思いをさせる特性をもっていて、それをきっかけにいじめられるのである。基本的に、明るく陽気な子でいじめられる子はいない。また、いじめられる子は、自分で気づかないうちに他の者に嫌な思いをさせているケースが多く、自分では、なぜ、自分がいじめられているかわからないのである。

相談の娘さんは、色々と話を聞くと、小学校卒業時に中学受験をし、非常に熱心に勉強をしていたのだが、性格の弱さから滑り止めを含めて受験した8校全て落ちてしまったとのことである。その時の母親の落ち込みは激しく、本人もかなり落ち込んでいたらしい。その子に直接話を聞いたわけではないので、事実は不明であるが、ここで考えられるのが、彼女は不本意な気持ちで公立中学へ進み、その気持ちが他の生徒たちに伝わってしまった可能性があるということである。つまり、「私はこんなところに来るべき人間じゃないのよ」「あなた達と私は違うのよ」といった考えが、心のどこかに潜み、それが知らず知らずのうちに同級生に伝わってしまったのである。本人はそのように思っていないつもりでも、いつのまにかそういった思いが出てしまう可能性は否定できない。実際、私立の中学を落ちて公立に進んだ子がいじめられるケースとして、最も多いパターンのようである。この場合、親は「公立へ入ったから(レベルが低い奴がいっぱいいるから)、うちの子がいじめられるんだ」と考える。

まあ、中学から私立を受験させるような親の発想はこの程度だと思うが、これは明らかに自らいじめられる原因を作っているわけであり、いじめられる側に非があるのである。そして、親も周りの親に対して「うちの子はこの中学に来るはずじゃなかったのよ」と吹いて廻っている可能性は十分にある。前に「いじめっ子、いじめられっ子を作るのは親である」と書いたが、親によるストレスが原因で他の子をいじめたり、いじめられたりしている子は、かなり多いと思う。ストレスがたまれば何か自慢することでストレスを発散する、威張って発散する、暴力を振るって発散する・・・こういったことで、いじめる側にもいじめられる側にもなるのである。

中学から私立を受験するのは勝手だが、子供に「公立はアホ」といった教育をしてはならない。私はお受験大嫌い派だが、自分の娘には誇りを持って公立へ行くように指導した。前にも述べたが、そもそも公立とは様々な人間が来るところであり、だから人生勉強になるし、楽しいのである。ただ、本気で楽しむには、明るく陽気な性格でなければならない。陽気で明るい性格であることが、公立で楽しむための必要条件である。うちの娘が陰気な性格なら、公立では楽しめないから私立に行かすことも考えたかもしれないが、陽気なので「これなら公立でも大丈夫」ということで胸を張って公立へ行かせた。「私立に行く必要が無くて、本当に良かったな」と何度言ったかわからない。「公立はアホ」という教育をしていて、やむをえず公立になってしまったとき、子供は「なぜ、俺がアホの仲間入りをしなければならないんだ」と思ってしまうであろう。大学生なら東大落ちて「おれはここにいるべき人間じゃないんだ~」といっている奴がいても、「仕方ね~だろ」で済むが、未熟な中学生の場合、いじめに発展する可能性は十分にあるのである。

だから、私は小学生・中学生レベルで、子供同士の格付けにつながるお受験というものが大嫌いなのであるが、さあ、それでは自分の子がいじめられたらどうすればいいのだろうか?それは次回に述べたいと思う。

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2006年7月 3日 (月)

そろそろJリーグモードへ

とにかく土日が暇で仕方がない。Jリーグ開催中であれば、土曜日はスタジアムへGo。ホームゲームが無いときは、近場なら適地に乗り込むこともあるし、少なくともテレビ観戦ができる。日曜日はフットサルに興じていたが、左足首の骨折により、未だに復帰できないでいる。暇暇暇暇暇・・・。家族とどこかへ出かければいいという方がいるかもしれないが、長女が中学2年生であり、家族と出かけてくれない。そして、毎晩なんだかんだでワールドカップを観ちゃうから、極めて体調が悪い。とにかく眠い。日本代表が早々に敗退し、その後応援していたスペイン、そしてブラジルまでもが敗退してしまった。結局ベスト4に残ったのは全て欧州チーム。予想はしていたが、何となくつまらない気持ちになってしまった。準決勝、決勝とも観てしまうと思うが、心の盛り上がりはかなり低下してしまった。

早くJリーグが開幕して欲しい。ワールドカップを観た後にJリーグを観ると、その試合内容の貧困さにかなりつまらないと感じてしまう可能性はあるが、とにかくFC東京の試合が観たくて仕方がない。最初のホームゲームはアントラーズ戦。ただ、会場が味スタではなく、松本で開催される。長野まで行かなければならない。幸い松本に大学時代の友人がいるため、彼と一緒に観戦することにしたが、最初の試合は味スタで盛り上がりたかった。ササは頭を丸めてやる気十分、阿部ちゃんは調子がよさそう、石川が帰ってきた・・・・・これはこれは楽しみだ~と思っていたら、金沢がアキレス腱断裂!!!なんと・・・。これで左サイドバックは完全にノリオで決まりだ。不安の嵐。サントス並の穴であることは間違いがない。ノリオには、何とか頑張って欲しいものだ。補強は、柏からレンタルで中澤という選手を獲得したようだが、柏での実績も乏しく、多分、ほとんど使われないであろう。センターバックだから、茂庭かジャーンが怪我で離脱してマスが大ポカをしない限り、出番がないであろう。

そして、是非とも中田英に東京に来て欲しいと思っていたら(無理であることはわかっていたが)、何と本日現役引退宣言。まだ、できるだろ。29歳だし、いくら何でも早すぎるだろ。確かに、ブラジル戦の後、ピッチに寝ころんで涙している姿をみて、何かあるな・・・と思っていたのは私だけではないと思う。ただ、こんなにも早く引退表明するとは思わなかった。最後にJリーグで一花咲かせて欲しかったが、確かに彼にはそれは似合わないかもしれない。いつまでも現役にこだわり続けるようなタイプではない。本当に残念であるが、彼が決めたことだから、尊重してあげなければならない。本当にご苦労さまでした。

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