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2006年6月25日 (日)

オシム

前回の投稿で「監督はオシムがいいけど・・・・無理かな」と書いたが、ここにきてオシムジャパンが現実味を帯びてきた。更にストイコビッチが入閣するとの噂(これは報知情報であり、ちょっと怪しいが)もあり、ドイツ大会の悔しさが吹き飛ぶくらい嬉しい。まあ、オシムも偏屈なところがあり、「やっぱり、や~めた。」てなことになる可能性もあるが、今のところ交渉は順調に進んでいるようである。

私は、FC東京のフアンであるが、JリーグでFC東京の次に好きなのが甲府と千葉である。これら2つのチームは、非常に困窮状態にありながら、チームの強化に大成功している。金満に物を言わせてチーム強化を図ったどこかの赤色チームとは大違いである。千葉のサッカーは、観ていて本当に楽しい。前回の千葉対赤色戦は、涙が出るくらい素晴らしい試合だった。千葉の選手一人一人がとにかく走り回り、赤色チームに攻撃らしい攻撃をさせなかった。完璧な試合だったと思う。千葉の選手は、ボールをとられればすぐに取り返しに行くし、攻守の切り替えが早いし、FWもDFも動き回るし、とにかく観ていて楽しい。ここ数年でかなりフアンが増えたのではないだろうか。千葉をそういったチームに大改革したのが、オシムである。

今回のWCの日本選手をみてもわかるように、とにかく走り負けしていた。というか、走り方を知らないのではないかと思わされるくらい、足が止まっていた。フィジカルで弱いわけだから、走り回らずして勝てるわけがないのだ。オシムは走る選手が大好きだし、とにかく選手を走らせることを第一に考えるため、走って走って走り回るチームができるのではないだろうか。

オシムが選ぶ代表メンバーを早くみたいものである。FC東京からは、今野と茂庭(特に今野)が選ばれるであろう。決定力が伴えば戸田も候補だが、ちょっと決定力なさすぎかな。石川も本来の力が戻れば、可能性が高い。梶山は走らないからやばそうだ。オシムが代表監督になれば、Jリーグの中でも走る選手が増え、Jリーグそのもののレベルアップにもつながるかもしれない。

今からワクワクしてきた。

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2006年6月23日 (金)

日本代表WC終幕

日本代表のワールドカップが終幕した。豪州戦後、毎日胸騒ぎがしているような感じがして、とても嫌な2週間でした。結局は1勝もできず、2敗1分け。ゴール数は2。いずれの試合もストレスだけが残る試合。

ある記事からの抜粋。「戦術的にも確立されたものはなかった。3バック、4バックという大枠はあったものの、その中に存在したのは守備の際の最低限の約束事。それ以外は選手の自主性に任せ、選手が主体となってつくり上げていくしかなかった。」。まあ、結果論になってしまうが、今回の最大の戦犯は、やはりジーコではないでしょうか?

オーストラリア戦のわけのわからない選手交代は語る気にもならない。まあ、ジーコにはもともと戦術なんてなかったのではないだろうか。ブラジルは個々のプレイヤーが図抜けて上手いため、たいした戦術なんか要らない。というか、全員が戦術をわかっている。動きがわかっている。ジーコは、当然、戦術の勉強などしない。それを自由なサッカー、創造性のあるサッカーなどと謳って自分を正当化していただけではないだろうか。日本人は技術もフィジカルも弱いから、やはりちゃんとしたシステムや戦術が必要・・・つまりトルシエのような監督の方が向いていたのだ。

まずは基本ありき。ブラジルの選手のパスは、全てが選手の前に落ちる。トラップの技術があるからというのもあるが、パスを受けたとき、必ず選手が前を向いている。一方、日本の選手のパスは、受け手が後ろを向いてしまうことが多かった。これでは当然攻めが遅くなる。速攻なんかできるわけがない。そして、「走れ」と言ったって、どう動いていいかわからない。「創造して動け」がジーコの教えだが、アジアレベルを相手にして、余裕がある時はできるが、格上相手だとパニックになり、足がとまってしまう。体力の無さを指摘する意見も多いが、私は、どう動いていいかすらわからなかったのだと思う。シュートについては、カッコつけないでもう少しトゥーキックやインサイドを多用しろ。インステップでふかしてばかりいたんじゃ、絶対に入らない。柳沢も、インサイドであわせていたら、間違いなくゴールできていたと思う。

俊輔はほとんど機能していなかったが、彼なりに頑張っていたと思う。ただ、彼はパサーだから、今回のように他の選手の動き出しが悪ければ、パスの出しどころがない。ちょっと迷っただけで、彼はフィジカルがないから、すぐにボールを奪われる。または無理なパスをしてボールを奪われる。そんな悪循環だったように思う。あれでは中村は活きない。途中交代させるべき選手の一人だったと思う。そんな中村を使い続けたジーコもわけがわからない。そして、守備をしないサントスを使い続けたのもわけがわからない。完全に日本の穴になっていた。せめてリードしたときに、サントスを中田に代えて欲しかった。柳沢はクロアチア戦のA級戦犯だが、彼は骨折が癒えたばかりで、80%くらいの力しかだせない状態だったと思う。筋力が落ちてるだろうし、治療中のブランクは大きい。日本人は120%の力を出せないと勝てないのに、80%の彼を使ったのはなぜか?これもわからない。

ジーコのことは今でも好きだが、日本の監督としては×××××であったように思う。東大生の家庭教師は駄目と言われることが多いが(天才だから、なぜ問題が解けないのかわからない)、ジーコも同じだったのかもしれない。

私は、もともと次世代に期待しているので、今回の大会は気にしない気にしない。FWは平山、巻といった長身FW、かきまわす田中達也、佐藤、カレン、トップ下は松井、憂太、右に石川、左は駒野、ボランチは今野、梶山、阿部(勇)、DFは茂庭、トゥーリオ、増嶋、中沢には次回も頑張ってもらう、GKはガンバの奴(誰だっけ?)・・・・・・わくわくするでしょ。どうしてもFC東京の選手が多くなってしまうが・・・。監督はオシムがいいけど、無理かな・・・。

それから、Jリーグの大改革。第一に必要なことは外人枠の撤廃、若しくは拡大。本当に優れた選手だけがJリーグの中に生き残れるようにすべきである。だけど、これはあり得ないかな。せめて、アジア枠を作ってほしい。


それから、FWに外人の配置を禁止。今のJリーグは、FWのほとんどが外国人。これではシュートの上手い日本人は育たない。せっかくセンスがあるFWがいても、海外にいってしまい、そこで使われないまま埋もれてしまう。


天皇杯をアマチュアだけの大会にする。天皇杯は、Jリーグには必要ないと思う。その代わりに、韓国や中東のクラブチームとの交流戦を行う。

あ~早くJリーグ開幕して欲しい。

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2006年6月21日 (水)

通院6

前回の通院からほぼ1ヵ月が過ぎた。時速9キロで走れるようになったし、自分としては、順調に回復していると思う。痛みもないし、患部そのものは問題がないであろう。今回の診察の最大の目的は、サッカーの許しを得ることである。

自分の担当医であるT先生は、下っ端とのことで外来をもっていない。そこでH先生が担当になった。H先生も手術に同席していたし、時々回診に来てくれていたので、私も面識があった。優しそうで、とてもいい雰囲気の先生である。

レントゲンを済ませ、外来の待合室へ。土曜日だから、かなり混んでいる。名前を呼ばれるまで、30分くらいかかった。H先生「どうですか?」 私「時速9キロで走れるようになりましたし、問題ないと思います」 H先生「それは良かった。」 私「それで、そろそろサッカーを始めてもよろしいでしょうか?」 ここで、H先生は困惑の表情。「骨折の原因はサッカーでしたよね。パスとかシュートをする分には構いませんが、試合になるとタックルをされることがあるだろうから、それはやめておきましょう。」 ウッ。サッカーは駄目か・・・。パス練は既にはじめていたし・・・。現在、健康人の骨の強度を100とすると、私の足は80のレベルとのことである。それに私の骨折は単純骨折ではなく、複雑な骨折なので、結局あと1ヵ月は様子を見ましょうということになった。まあ、仕方がない。

多少の腫れは残っているが、痛みはほとんど無い。筋力も大分回復してきた。あと1ヵ月、サッカーを我慢して筋力強化にはげもうと思う。ただ、骨折して痩せたのだが、歩けるようになった途端に体重がもとに戻ってしまった。とほほ・・・。お酒を飲むようになったし、好きなときに好きな物が食べられるようになったからだろうか・・・。それだけはとても残念である。おっ!今日も飲み会だ。やばい。

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クロアチア戦について

クロアチア戦は勝つと予想していたけど、見事に予想が外れた。まあ、それでもオーストラリア戦よりはいい試合をしていたと思う。どちらも決定力の無さを露呈したスコアレスドロー。上位国の試合に目が慣れた状態で日本の試合を観ると、確かにひどい凡戦。まだまだ日本のレベルは低い。・・・というよりは、一生ヨーロッパの各国には追いつけないのではないかと思ってしまう。

第一の戦犯に挙げられているのは柳沢。確かに「あれは決めてくれよ」という感じである。「ジーコ。ついに柳沢にきれる」との記事もあったが、あれを決めずして決勝リーグへ進出しようなんて、サッカーの神様に失礼のような気がする。ただ、柳沢は骨折が癒えたばかりで、100%の状態ではない。そんな柳沢を使い続けた、またはそんな柳沢を選出したジーコこそ戦犯じゃないだろうか。「たら」「れば」は言ってはいけないことだが、「あれが佐藤だったら・・・」と思った方は、日本にかなりいたのではないだろうか。

今でもジーコのことは大好きだが、監督としては?????。はじめての監督稼業ですから、確かに仕方がないですけどね。そんなジーコにお願いした、川渕キャプテンがA級戦犯ですかね。

次はブラジル戦。普通じゃ勝利はあり得ない相手。陰の大きな力が働いたとしても、ブラジルは2点差以上で日本に負けるわけにはいかないであろう。そうなれば、八百長騒ぎが勃発するのは間違いない。わざと引き分けにしてくれる可能性はあったと思うが・・・。そういう意味からも、クロアチア戦は絶対に勝たなければいけない試合であった。厳しい事態になった・・・・。

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2006年6月15日 (木)

豪州戦について

私はFC東京のフアン、そしてJリーグのフアンであり、代表の試合はあまり好きではない。なぜなら、いつもイライラさせられるからである(最近はFC東京の試合でもイライラさせられているが)。「代表なんてどうでもいいや」という気持ちでいたが、いざワールドカップが始まると、やはり気になる。結局、テレビにかぶりついて豪州戦を観戦。結果は皆さんがご存じの通りである。私の中にもやはり日本人の血が流れているのか、悔しいこと悔しいこと・・・。明け方まで眠れなかった。

豪州は、3回対戦して1回勝てるかどうかの相手だと思うが、とにかくジーコの采配に腹が立った。あの暑さの中、暑さを味方につけるのは日本だと思ったが、選手交代の遅れ、ポリシーのない選手交代で、後半はほとんどの選手の足が止まり、最後の10分で3点も入れられた。交代選手が大活躍したヒディングの采配のすばらしさ、選手の足を止めてしまったジーコの采配の未熟さが明暗を分けた一戦といえる。坪井の交代は仕方がないが、なぜあそこで柳沢→小野なのか。あの場面では、守りのセンスも持ち合わせた稲本ではないか。松井だったら最高だったが、松井はいない。私としては、中田英をトップ下に上げ、俊輔と稲本を交代させてほしかった。そして、大黒の交代が遅すぎる。それもフレッシュな茂庭と代えやがった。なんとロスタイムに入ってからの交代。監督がジーコじゃなければ、更迭されてもおかしくないような采配だったのではないだろうか。

次戦はクロアチア。私は、豪州よりもクロアチアの方が戦いやすいとではないかと思っている。一応、自分の予想では、豪×、クロ○、ブラ△と予想していたので、豪州戦の負けは予想通り。ただ、何とか引き分けてほしかったが・・・。ブラジルは、日本が決勝リーグにあがってきた方が勝利を計算できるのだから、わざと負けてくれないだろうか。神様ジーコもいることだし・・・。昨日のスペイン対ウクライナの試合で、明らかに審判はスペイン寄りであった。裏で大きな力が働いているに違いない。ヨーロッパは、とにかくそういった裏工作が大好きな国であり、ワールドカップの歴史では、そういった悪事が当たり前のように繰り返されている。日本は馬鹿正直なところがいいところではあるが、そんなワールドカップで勝つためには、馬鹿正直だけではだめかもしれない。

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2006年6月12日 (月)

かなり回復

骨折後のリハビリは入院中に3回ほどしただけで、退院後は一度もしていない。ただ、スポーツクラブに通っているのが、十分リハビリになっているようだ。今日もスポーツクラブへ行った。ベンチプレスは、60キロで7発上がるようになった。骨折前の75キロまではまだまだだが、もう70キロであれば1~2発は挙げられそうである。そして、何よりも嬉しいのはランニングである。今日、5キロの距離をを走りきることができた。時速も9キロまで上げても大丈夫である。2キロ走っただけで足がつりそうになっていた頃からみれば、夢のようである。5キロ走り終えたときは、ちょっとした感動を覚えた。フォームも、大分様になってきていると思う。ちょっと前までは、いかにもびっこを引いた走り方だったが、時速7キロであればほとんどびっこを引かないで走れるようになった。

そして、何と言っても筋肉がかなり回復してきた。左足が細くなってしまっていたが、ここにきて急に筋肉がついてきて、右足と変わらないくらいになってきた。嬉しい~。ただ、それとともに体重が増加!!!。まあ、筋肉がついた分、体重が増えるのは仕方がないが、ウエストまで太くなっている。これはやばい。せっかく痩せたのに・・・。となりのお爺さんのお話では、手の骨折は太るが、足の骨折は痩せるらしい。根拠はよくわからないが、自分も骨折して痩せた。足が悪ければ、冷蔵庫へ行けないし、無駄なものを食べないようになるからだろうか・・・。確かに、歩けるようになると、「何か無いかな」と冷蔵庫を開けてしまうし、ついつい無駄食いをしてしまう。少し、食生活に気をつけなければ・・・。

骨折から2ヵ月半で、私生活をおくる上では、何ら不自由を感じないレベルにまで回復した。あとは全力疾走ができるようになれば、健常者である。まあ、抜釘手術が控えているが・・・。頑張るぞ~

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2006年6月 9日 (金)

お受験について3

大学附属の小学校、中学校なるものがある。まあ、早稲田、慶応クラスの附属小学校・中学校に行かせるのは、まだ理解できなくもないのだが、よくわからないのが2流、3流と思われる大学の附属小学校に行かせている親である。武蔵大学の附属は別にして(武蔵大学の附属中学校・高校から武蔵大学へ進学する人は皆無である)、本当にそのまま大学に行ってしまっていいのかと、非常に疑問に思う。

また、附属から大学に進学してきた奴らの多くが、受験組と大きな学力差が生じていることは前に述べたが、安易な気持ちで附属に行かせるのもどうかと思う。子供を附属に行かせる親は、「受験勉強が大変だし、思いっきりスポーツをやらせてあげたいから、そのまま大学に行ける附属がいいわ。」という理由を述べている。確かに附属から進学している奴らを見ると、さほど勉強しなくても大学に行けているというのがわかる。テストでそこそこの成績を収めていればいいわけだから、受験勉強するよりははるかに楽である。ただ、これは本当に子供のことを思っての言葉だろうか。私は、子供ではなく、実は親自身が楽をしたいから附属に行かせているのではないかと思えてならない。受験生をもつ親はかなり大変である。TVを観ながら大声で笑っていると子供に「うるさい」と怒られそうだし、かなり子供に気を遣わなければならない。まあ、気を遣いすぎるのもどうかと思うが、やはりある程度は気を遣わざるを得ないであろう。一生懸命勉強したのに、ことごとく志望校に落ちる事態がおきたとき、なんて子供に声をかけてあげればいいのか。確かに想像するだけでも、嫌である。合格発表の結果を待つ親の気持ちは、子供よりも辛いかもしれない。

ただ、そういった苦労を、子供と共に享受するのが親のつとめではないだろうか。子供と親が一緒に苦労する。そうやって、親と子供の絆が強くなっていくようにも思う。子供を塾に行かせるのは親の免罪符だし、附属に行かせるのは親が楽をしたいからではないか。

私は、前に述べたように一浪している。今思い返せば、一浪していた1年間は、これまで生きてきた中で最も充実した1年間だったように思う。とにかく、勉強以外のことは何をしていても楽しいのである。ひろしのギャグではないが、サイコロを転がしているだけで、いつのまにか3時間経っていたことがあった。浪人仲間とどの参考書がいいかを語り合い、時には息抜きでキャッチボールに興じた。勉強の合間に、一緒にコンビニに行ったりもした。確かに勉強することは辛いのだが、それ以外は全て楽しいのである。夏休みに仲間と図書館に通い続けた日々は、最高の思い出となっている。

浪人は、確かに人生で損をした気がするが、決して無駄ではない。勿論、挫折してパチンコにはまるやつ、そのまま大学進学をあきらめる奴もいたが、ほとんどの仲間は有名どころの大学に進学した。皆、未だに定期的に集まってお酒を飲み、当時の苦労話に花を咲かせている。あえて浪人する必要はないが、浪人の1年間は決して人生にとってマイナスではないし、むしろプラスである。「苦労は買ってでもしろ」ではないが、自分は、「浪人は買ってでもしろ」と言いたい。

また、小学生や中学生では、どこの大学に行きたいかがはっきりとわからないのではないだろうか。何を学びたいか、何をやりたいかも決まっていない子供がほとんどと思われる。どの大学の附属に行くかは、ほとんどのケースにおいて親のエゴで決めることになる。例えば早稲田には医学部がない。医者になりたいと思っても、早稲田の附属に行けば、早稲田を飛び出さない限り医者にはなれないのである。立教も同じである。まあ、立教であれば高校から飛び出て、どこかの医学部に進学することも考えられるが、早稲田を飛び出すのはかなり勇気が要るであろう。親は確実に“もったいない”と思う。

子供が自分の意志で大学を選べるようになるのは、やはり高校生くらいになってからと思われる。そして、浪人も決して無駄ではない。確かに、子供がどこも合格しない状況になることは怖いが、子供を信じてあげましょうよ。そして、子供と一緒に苦労してあげましょうよ。一緒に悩んであげましょうよ。だから、自分は子供を附属に行かせる気はない。公立中学、都立高校がいいんです。浪人してもいいんです。

余談ですが、先日、電車の中でこんな光景をみました。中坊らしき小僧が、偶然電車で友達に出会い、そこでの会話。小僧:「おめぇ、どこの中学に行ってんだよ?」。 友達:「成城学園だよ。」 小僧:「へっ。成城?俺なんか早稲田実業だぜ」。明らかにその小僧は、お前より俺の方が格が上という話し方をしているのだ。救いようのない糞ガキ。中学生の分際で、もう友達を格付けしている。自分の子供には、こんな風になってほしくない。むかつくガキのお話でした。

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2006年6月 7日 (水)

大学について

私は公立小学校、公立中学校、都立高校・・・・・そして国立大学と進めれば良かったのだが、大学は私立である。一浪して立教大学。ある週刊誌によると、立教大学は、「不本意な気持ちで入学する大学No.1、入学して満足度が高い大学No.1」とのことである。確かに大学の私の友達を見ると、国立大学や早稲田、慶応、上智に落ちて、不本意な気持ちで入学してきた奴が多い。友人で慶応を蹴ってきたやつがいたが、これは変わり者の部類であろう。私も早稲田か上智に行きたかった。上智は補欠合格したが、合格はしなかった。今でもあの時の悔しさは忘れられない。ただ、今では立教で本当に良かったと思っている。

立教で良かった最大の理由はゼミである。私の学部は1年からゼミに入れるのだが、私は社会心理学を学びたいと思い、土方教授のゼミに入った。入ゼミ試験なるものがあったが、そんなのは形だけで、希望者は全員合格したように思う。ただ、社会心理学を学びたいというのは表面上の理由であり、本当は土方教授が人間的に面白そうだったからである。顔(妙に縦長)、話(下ネタが多い)、私生活(奥様が超若かった)、教育方法(後述)・・・・とにかく全てがユニークな教授であった。

実際、この土方ゼミは、とても素晴らしいゼミであった。「知識を詰め込んだって、忘れてしまう。勉強したって意味がない。それよりもどんどん討論しなさい。先輩や同輩たちと本音で語り合いなさい。ディスカッションの技術を身につければ、社会に出てから本当に役に立つぞ」というのが土方先生の教えであった。ゼミでは、小難しい教科書は使わない。とにかく好きな本を読み、その内容について皆でディスカッションするのである。ディスカッションで自分の意見を述べる。他のゼミ員はそれに反論する。時には喧嘩のようになる。先輩だろうが後輩だろうがお構いなしである。とにかく、ディスカッションで言いくるめられたら負けなのである。時には後輩が先輩を負かす。また、先輩が後輩を言い負かし、泣かしてしまうこともある。土方先生は、議論が盛り上がらないときは、ゼミ員に「酒を買ってこい」といい、ゼミ中なのに皆で酒を飲む(勿論、飲酒が許されるのはゼミの正式な時間が終わってからである)。酔ってくると、皆の口が滑らかになり、ディスカッションがより一層白熱するのである。ゼミがそのまま宴会に突入してしまうこともあったが、議論が白熱し、3~4時間くらいすぐに経ってしまう。気づけば最終電車の時間と言うことも、たびたびあったと記憶している。そして、土方先生は、「このゼミを通して、1000人の前でも堂々と話ができる人間になれ」と言っていた。

私は、毎週、このゼミが楽しみで仕方がなかった。先輩や後輩たちのゼミに参加するのも楽しかった。このゼミのお陰で、現在、人前で話すことが苦にならないし、ディスカッションも大好きである。講演会の仕事も大好きだし、偉そうな医師との会話も苦にならない。確かに、社会に出てから、このゼミの経験がおおいに役に立っているのだ。あの当時、こんなゼミがあったのは立教大学だけだったのではないだろうか。卒業して20年以上経つが、未だにゼミ仲間と定期的に集まっている。昭和40年代卒の大先輩から、平成卒の後輩まで、皆土方教授を慕って集まるのである。そして、昔のように酒を飲みながら討論するのである。私もゼミ仲間の会合には必ず顔を出すようにしている。

土方先生は、真の意味で私の恩師である。ただ、土方教授ももう70歳を超えて、高齢者になってしまった。まだまだ元気でいてほしいものである。うちの娘も土方ゼミに入れたいが、もう立教大学に土方ゼミはない。とても残念である。自分は、立教大学、そして土方ゼミに入って本当に良かったと思っている。立教に土方ゼミを復活させるべく、教授にでもなるかな・・・・。無理だな。

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2006年6月 5日 (月)

マルタ戦について

またやってしまったか。ドイツ戦は観ていて楽しかったが、マルタ戦はいつもの代表の試合に戻ってしまった。とにかくストレスがたまる試合。得点が入る気が全くしない試合。相変わらず引いて守りに入った相手を崩せない。この点については、全く成長してないようだ。玉田は得点を決めても、全く確変しない。得点を決めてからの方が動きが重そうに見えたのは、私だけだろうか。大黒は決定力なさすぎ・・・・・・。かつての大黒はどこへ行ったのか。

ただ、確かにモチベーションを高めるのが難しい試合であったろう。とにかく怪我が怖い。ここで怪我をしたら、何のためにドイツに来たのかわからなくなる。村井や加地の怪我をみると、自然とプレイが小さくなるのも仕方がない気がする。ドイツ戦で体力が消耗していたというのはいいわけにならないが、ドイツ戦と同じモチベーションで戦えと言うのは無理がある。実際にサッカーをやるとわかるが、とにかくモチベーションというのは、体力以上に大切な要素である。モチベーションが高ければ多少疲れていても、何ら問題はない。身体が動きまくるし、シュートもばしばし決まる。しかし、モチベーションが低いときは、何をやっても駄目である。

彼らのことだから、オーストラリア戦までには十分にモチベーションを高めてくれるだろう。中田も言っているように、とにかく走り回る代表がみたい。浦和戦の時のジェフのような試合をしてくれればと思う。頑張れ!ニッポン!!!

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2006年6月 3日 (土)

骨折後の初蹴り

まだ走れないし、左足の筋力が戻ってないけど、右足でならボールが蹴れそうということで、今日、久々に近所の公園でサッカーの練習をした。「ボールを蹴れるのはいつだろうか・・・」と思っていたが、今日だった。ついにここまで回復したか・・・

自分は、骨折するまでの2年間、サッカー大好き青年のT君と、毎土曜日の9時~11時まで、ほとんど休み無くサッカーの練習をしていた。骨折の少し前には、自然と近所の子供たちが集まるようになり、子供たちと一緒にミニゲームをやるようになっていた。そして悲劇の骨折。2ヶ月間、全く公園に行かなかったわけで、今日、誰か子供が来るかな・・・と思っていたが、誰も来なかった。多分、子供たちは私の骨折を知らないわけで、やる気がなくなって練習に来なくなったと思ってしまったかもしれない。何か、子供たちに悪いことをしたような気がする。

今日は、もう一人サッカー仲間のおやじも参加。3人で、パス回しをした。右足での足裏トラップは問題ない。ただ、やはり強く蹴るのは少し怖い。何か、軸足の左足をひねってしまいそうな気がする。左足でのトラップは、緩い球でもかなりの衝撃を感じる。やはり筋力が低下しているからであろう。左足で蹴っても、患部に痛みはないが、強い衝撃を感じる。左足でのキックができるようになるには、もう少し時間がかかりそうである。走れないので、ちょっと相手からの球がそれると、もうトラップできない。球に追いつけないのである。まだまだである。

ただ、復帰初日としてはこんなものだろうか。少し前まで歩くことすらできなかったわけであるから、その頃と比べると夢のようである。また、子供たちが集まって、楽しくミニゲームをやりたいものである。みんな~、大分よくなってきたからまたサッカーやろうぜ。

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2006年6月 1日 (木)

職業について

今日は、職業について独り言を述べてみたいと思う。

医師。自分は、仕事の関係で、医師になりたいと思った時期がある。医師と話をしたり、学会に参加したりしていると、「なんて格好のいい職業だろう」と思った。白衣を着て院内を歩く、手術の時はブルーの手術着に着替え、メスをふるう、患者からは感謝される、当然、合コンでももてる・・・・・素晴らしい。若い頃は、真剣にもう一度医大を目指そうかと考えた時期もあった。ただ、何度も医師と飲みに行ったり、色々と話をしているうちに大分考え方が変わってきた。まず、、世間一般で医師の社会的評価は高いが、医師同士では、どこの大学を卒業しているか、現在どこの病院に勤務しているか、役職は何か、診療科は何か・・・等といったことで、かなり格差があるということである。これは、医師は病院内では非常に格が上である(看護師、技師、事務職に比べて)が、医師同士で大きな格差があるというのと同じである。白い巨塔はやや大げさかもしれないが、どの教授につくかで運命が大きく左右されるというのは、まんざら嘘ではないようだ。研究医は格が上で、開業医は人生が終わっているとの評価もある。要は昔ながらのしきたりや格付けが根強く残っており、非常に大変な世界である。仕事面でも、研修医時代は、まさに「ブラックジャックによろしく」の世界のようである。特に携帯電話が普及してから、担当患者の容態が急変した際などすぐに駆けつけなければならなくなり、安心してお酒も飲めなくなったとの話も耳にする。最近では、「医者にならなくてよかった」と思っている。

弁護士。最近芸能弁護士も増えてきており、人気の商売ではある。自分は頭の回転が早いほうと自負しており、弁護士に向いているのではないかと思う。ただ、記憶力がしょぼいため、どう考えても弁護士試験は通らないし、法律も覚えられないし、あきらめた。弁護士の仕事をよく観察すると、裁判に勝ってはじめて評価される世界であり、かなりあくどい面がある。例えば、子供を殺した犯人の弁護なんかもしなければならない。どう考えても子供を殺した悪者なのに、精神を病んでいるだの殺意はなかっただのへりくつをつけて、無罪にしなければならない。テレビドラマのように、常に正義を追求するような格好の良い世界ではないようだ。「俺にはできない」と思ってしまった。

公認会計士。これは、会社からお金をもらってその会社の経理を監査するという商売である。果たして金をもらって正しい監査ができるのだろうか。誘惑に弱い自分には無理だと思ってしまった。建築士も、先日の耐震強度偽装事件で明らかになったように、誘惑に弱ければできない商売である。

ピアニストやバレエダンサー。比較的華やかな商売ではあるが、日本での実力が5本指に入っても、年収は1億円程度だそうである。野球選手等に比べるとかなり厳しい。

スポーツ選手。これは子供がなりたい商売の一位につけているが、とにかくスポーツの世界で1流になるのは大変である。なんせ、つぶしがきかない。Jリーガーは、神と呼ばれているような子供の中の一部しかなれない。また、その中でレギュラーをとろうと思えば、また一握りとなる。子供の頃から勉強をしないでサッカーの英才教育を受けても、ほとんどがJリーガーにはなれない。Jリーガーの道を閉ざされたとき、どのような仕事に就けるというのか・・・。野球も同様に大変であるが、野球選手は、日本で100本指に入ればかなりの年収が得られる。Jリーガーは、土肥でも4000万円くらいしかもらっていない。1億円以上もらっているJリーガーは、数えるほどしかいないのではないだろうか。スポーツ選手であれば、野球か、選手生命の長いゴルフがいいかもしれない。でも、本当にスポーツの世界をみていると、とても自分の児をスポーツ選手にしたいとは思えない。

政治家。どう考えても人間が腐るだろ。

公務員。仕事がつまらなくてもいいのなら、いいのではないかな。また、公務員には仕事(会社)を辞めるという発想がないので、ノイローゼになる方や自殺する方が少なくないようです。自分には耐えられない。

教師。生徒は良いけど、馬鹿親を相手にするのは勘弁だな。「うちの子を私立に行かせます」なんて言われたら、すぐにぶん殴ってしまいそうだ。

「それじゃ何がいいの?」って聞かれそうですね。結論は、楽な商売は無いってことです。何をやるのも大変。自分は脱サラして自分で事務所をつくって一人で仕事をしているが、「楽な商売は無い」と自分に言い聞かせて毎日仕事をしている。あ~明日も仕事か・・・。

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