お受験について1
私は昭和37年生まれであるが、こどもを取り巻く教育環境は、私たちの時代と大きく異なってきている。前に述べた英語教室をはじめ、ピアノ教室、サッカー教室、スイミングクラブ、絵画教室・・・・・など、習い事をしている子供の多さに驚かされる。私が小学校の頃は、学年(250名程度)でスイミングクラブに通っている児は1~2人程度だったと思う(ちなみに、彼らは水泳大会でスーパースターでした)。そして、今は塾に通っている児も異常に多い。まあ、それだけ日本人が豊かになったということだろうが、その一方で、「教育にお金がかかりすぎるから子供を生まない・生めない」という声もあり、“なんか変だよな”と思っている。
そして、一番の驚きがお受験組の数の多さである。うちの子の小学校(もちろん公立)は、現在3クラスしかないが、何とその半分近くが私立に行くというのだ。はぁ?私立?。そして、小学校・中学校から私立に行かせようと考えている親の言い分はこうである。「子供には、最高の教育環境で勉強させてあげたい」「教育は子供の財産になるものだから、教育に少しでも多くのお金をかけてあげたい」。ふ~ん。こういうのもある。「小さい頃に苦労して私立の学校に入っておけば、あとは受験勉強がないから楽」(これは大学附属の小中学校)、「東大に入れるには、ここしかないから」。あっ、そう。そして、ひどいのになると、こういう考えもある。「地元の中学校に入れると、馬鹿になるから・不良になるから」。ため息。
ちなみに私は、またまた申し訳ないが、小学校から私立に行かせる親を「大馬鹿親」、中学校から私立に行かせる親を「馬鹿親」と呼んでいる。習い事や塾に通っている児の多さは、この私立志向の(大)馬鹿親の多さに比例しているようである。
そもそも、なぜ私立なのか。私が思うに、まず「子供には、最高の教育環境で勉強させてあげたい」「教育は子供の財産になるものだから、教育に少しでも多くのお金をかけてあげたい」との親の言い分をみても分かるように、“勉学”にしか目がいっていない。まあ、かつて日本は学歴社会だったから仕方がない面もあるが、子供には学歴以前に学ばせなければならない大切なものがあるのである。小学校を受験させるとすれば、早ければ3歳、遅くとも5歳から受験勉強をはじめさせることになると思うが、この3歳~5歳、そして小学校という時期は、子供の“こころ”を育む上で、とても大切な時期である。そして、この“こころ”は、親や友達と遊ぶことで育まれるのである。どうすれば友達が沢山できるのか、どうすれば友達と仲良く遊べるのか、どうやって友達と喧嘩するのか、どうやって仲直りするのか・・・などなど、友達と遊ぶことで学ぶことが山ほど有るのである。私は、この時期は勉学よりもむしろそいったことを学んで欲しいと思っている。特にTVゲームしか遊び方を知らない子供が多いので、3~5歳で友達と遊ぶことは、コミュニケーション能力の育成という意味で非常に重要だと思う。また、小学校から私立に行っている子供を何人か知っているが、地元の小学校の子供は、地域の子供と毎日楽しそうに遊んであるのに、私立の児は近所に友達がいないため、いつも一人で遊んでいる(全ての児がそうではないと思うが・・・)。どうみても可哀想な気がする。
次に「小さい頃に苦労して私立の学校に入っておけば、あとは受験勉強がないから楽」(これは大学附属の小中学校)、「東大に入れるには、ここしかないから」との言い分。まず、「受験勉強がないから楽」とあり、これは一見、子供のためを思って言っているようだが、実は楽をしたいのは親なんじゃないだろうか!確かに、子供の受験勉強の機会が減れば、子供も親も楽である。私は、高校受験、大学受験を経験しているが、確かに大変だった。親も、大変だったと思う。ただ、「それくらいの苦労は、親も一緒にしてやれよ」と言いたい。今思い返せば、大学の受験勉強をしていた1年間は、ある意味、今までの人生の中で最も充実していたように思う。受験勉強以外、何をやっても楽しいのである。ヒロシじゃないけど、サイコロをころがしていて、いつのまにか3時間経っていたこともある。友達と毎日図書館に通い、どの参考書がわかりやすいだの、どの問題集が使いやすいだの、色々と情報交換をしあいながら過ごした。友達はライバルであり、仲間なのである。これを友達に教えれば、こいつが合格して俺が落ちるかもしれないなんて考えは微塵もなかった。みんなで合格しようという雰囲気で勉強していた。己の成長という意味でも、貴重な1年であったように思う。私は、ぜひともあの経験を自分の児にもさせてあげたい。それから、余談になるけど、自分の大学にも附属の小中学校があったけど、附属から上がってくる奴らは、一部を除いて可哀想なくらい頭が悪かった。サークルによっては、“附属高校出身者お断り”のところがあったくらいである。小学校の時は頭がよかったのかもしれないが、普通に勉強していればそのまま大学に行けると言うことで、受験組とは大きな差がつく。これは附属出身者も話していたので、間違いがない。高校からよりも中学校から入学した奴、中学校よりも小学校から入学した奴の方が、頭が悪いようである。うちのかみさんも私と同じ大学であるが、かみさんの友人は、自分の子供を附属の小学校に行かせている。「おめ~、大学で奴らを見てきただろ。あんなになってもいいのか?」と私は思ってしまう。「東大に~」については、あまりにも馬鹿親の考えなので、コメントする価値もない。
はぁ~。このつづきは、また次回に・・・・・
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