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2006年5月31日 (水)

ドイツ戦について

「どうせ土肥は出場しないだろうし、どうでもいいや」と思っていたが、やはり4時30分に目が覚め、ドイツ戦を観てしまった。代表戦と言えばほとんど点が入らず、ストレスだけがたまる試合が多いが、今日のドイツ戦はかなり得点の臭いがしていたし、高原が2得点決めたし、なかなか面白い試合であった。高原が2点目を決めたときは、「やった~」と大声を上げてしまい、家族のヒンシュクをかった。前半こそドイツが圧倒的にボールキープしていたが、全体的に観て、決定機は日本の方が多かったように思う。

やはり中田はすごい。よく周りをみてプレイしている。パスも正確だし、パス出しの判断も早い。海外では飛び抜けた選手とは言えないが、日本では別格であろう。俊輔は身体がきゃしゃであり、何度もふっとばされていた。それでも、きらりとひかるパスを何度か出しており、やはり代表に必要不可欠な選手である。高原は2ゴールを決めたように、決定力がある。今日もフリーでゴールに向かっていくシーンで、「どうせふかすかな・・・」と思ったが、見事に決めた。玉田とは違う。加地は、後ろからのタックルで足首捻挫。軽ければいいが、ぎりぎり間に合うかどうかと言ったところではないだろうか。これで加地の代わりに徳永が招集されれば面白いが、さすがにそれはないであろう。ただ、加地の後に入った駒野が非常によかった。駒野>加地と感じられたのは、私だけだろうか。

そして、FC東京フアンには嬉しいニュースが・・・。何と茂庭が田中誠に代わって招集。田中誠には申し訳ないが、このニュースは今日の日本の善戦以上に嬉しかった。モニ~頑張ってくれ。私としては茂庭>坪井なので、是非とも試合に出場して欲しい。頼むよジーコ。

2点とって守れなかったことで、「なぜ、守りに入らなかったんだ」と非難している解説者がいたが、私はこれで良かったと思う。今日は勝ち負けよりも内容が大切な試合だったし、ここで下手に勝つと、つけあがるというか、油断が生じるのではないだろうか。負けるとさすがにショックが大きいし、同点でよかったのではないか。確かに2点を守りきる練習もできたかもしれないが、攻め続ける姿勢も大切だし、相手は高さがあるのだから守りを固めたから守れるといった状況でもなかったように思う。ジーコの判断は正しかったのではないだろうか。

モニの招集で、ワールドカップを真剣に観なければならなくなった。あ~来週から寝不足の日々が続きそうである。モニ万歳!!!

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2006年5月28日 (日)

2ヵ月ぶりのフィットネスクラブ

今日、2ヵ月ぶりにジム(フィットネスクラブ)へ行った。入院していた頃の自分を思えば、今の状態は夢のようである。なんせ、全く歩けなかったんだから。それが、筋トレできるなんて・・・ジョギングができるなんて・・・。涙が出そうなくらい嬉しい。自分は胸筋、上腕二頭筋、背筋、腹筋を中心に鍛えていたが、なんせ、この2ヶ月間はほとんど運動できなかったし、左足に至っては、全くと言っていいほど筋肉を使っていなかった。かなりやばい状況であることは間違いない。

自分は、通常、ベンチプレス、ダンベル、そしてトレッドミル(ランニングマシン)を使ってトレーニングしている。他の会員を見ていると、ほとんどの方がマシンを使っているが、はっきり言ってマシンは飽きる。自分の経験から言って、マシンだけでトレーニングしている方は、まず続かない。半年くらいで幽霊会員になる。やはりフリーウエイトをやるべきである。実際、ジムの常連さんは皆フリーウエイトをやっている方々である。女性も恥ずかしがらないで、どんどんフリーウエイトをやるべきだと思う。また、痩せることを目的にジムに行っても続かない。モテることが目的でも同じである。はっきりした、目的が必要である。自分は、はじめてジムに行った目的はホノルルマラソン完走であった。今は、サッカーで若者に負けない身体を作るためである。そして、軽い運動だけしていても続かない。やはりアドレナリンが出るくらいの運動をしないと、快感がないのである。2~3キロ走るだけではアドレナリンが出ないから、それだけでも続かない。やはり5キロは走るべきであり、時々自分を追い込むことも必要である。苦しいトレーニングをした方が続かないと思っている方が多いと思うが、それは逆であり、アドレナリンが出るくらいトレーニングをしないと続かない。まあ、これは私のジムについての持論である。

いつものようにロッカーで着替え、トレーニングルームへ。日曜だけど、比較的空いている。2ヵ月前に目をつけていたおねーちゃんはいない(可愛いおねーちゃんを見つけることもジムを続けるのに効果的な手段)。まずはウォーミングアップのために軽くランニング。いつもは時速10キロで1キロの距離を走っていたが、さすがに時速10キロでは走れない。6キロがやっと。今日は5キロにした。やはり少しぎこちない歩き方になるが、何とか1キロを歩き終えた。次にベンチプレス。骨折前は、ベンチプレスで75㌔の重さをあげていたが、さすがに2ヵ月のブランクは大きい。まずは、40キロから開始し、50キロ10発はクリアできた。今日は、これを3セットで止めた。そして、ダンベルで上腕二頭筋、肩、背筋のトレーニング。久々だから、けっこう辛い。明日の筋肉痛が怖い。いや、オヤジだから筋肉痛はあさってか・・・。実は、自分は足のトレーニングはしていない。サッカーをやっているのになぜ?と思う方もいるかもしれないが、あまり足に筋肉をつけすぎると、動きが鈍くなるのである。自分は、もともと動きが鈍いので、走る筋肉だけを鍛えていた。ただ、今日は左足の筋肉が激減しているので、マシンで左足を強化。かなり辛い。最後に再びランニングマシン。いつもは8~10キロの距離を走っていたが、今日は5キロでやめとこう・・・っと思ってジョギングを始めたが、3キロでへばった。実際、時速6キロが限界だから、呼吸器系は問題ないが、やはり足が動かなくなる。帰りの運転中に足がつったら大変だから、3キロでやめておいた。ただ、ちょっと物足りないので、30分ほどエアロバイクをやって終了。

ここで一言。よくサウナスーツのようなものを着て走っている方(特に女性に多い)がいるが、あれはお薦めではない。3日間で体重を3キロ減らさなければならないような場合はいいが、基本的に汗をかいて体重が減るのは、汗が出た分だけ減っているだけであり、痩せているわけではない。本当に痩せようと思えば少しでも多くのカロリーを消費しなければならないわけであり、そのためには少しでも長く運動することの方がベターである。実際、サウナスーツを着ていたら、暑くて長く運動できない。

久しぶりに大浴場に入り、サウナに入り、う~ん、とても満足じゃ。家に帰って、すぐさまビール。うめ~。いつもの生活だけど、いつもの生活が本当に素晴らしく感じられる。健康であることは、本当に素晴らしいことである。あとは玉蹴りへの復帰。これはいつになるかな~。

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2006年5月26日 (金)

久々の都会

手術からまもなく8週が経とうとしている。普通に歩いても、まず足首が痛むことが無くなった。ただ、歩くときにどうしても軽くびっこになってしまう。これは、やはり左右の足の筋肉のバランスが違いからであろうか。

そして、昨日は客先の宴の会があり、私も呼ばれた。場所は永田町。久々の都会である。駅までは自転車を使った。はじめは足を付くのが怖くて、自転車に乗るのを躊躇していたが、今では普通に乗りこなせるようになった。信号待ちなどで左足を付いても、全く問題はない。駅の階段。手すりを使わなくても、すいすいと上り下りができる。もう完治じゃん。結局何らリハビリをすることもなく、普通の生活に戻ることができた。電車にも普通に乗れた。別に座らなくても大丈夫。さすがに満員電車は足を踏まれるような気がして抵抗感があるが、多少混んでいる分には全く気にならない。電車が揺れてもぜんぜんOK。地下鉄の駅などでは、骨折前は全て階段を使っていたが(あの大江戸線でも階段を使っていた)、さすがに今日はエスカレーターを使った。階段を使っても大丈夫だと思うが、左足の筋力が今ひとつであり、疲労して足が動かなくなるのが怖かったからである。永田町から、そのまま客先の宴会場へ。

久々にお客さんとお酒を飲む。やはり、話題の中心は骨折のこと。皆、一様に「驚異的回復ですね」と言ってくれる。プチベッカム気分。悪い気はしない。まあ、術後2ヵ月を経ているし、普通の回復速度だとは思うが、リハビリなしで回復したのは、確かにちょっとすごいのかもしれない。飲み過ぎない程度にお酒を飲み、今回は一次会で解散。いつもは12時過ぎまで必ず飲み歩くのだが、病み上がりでもあるし、客先の方々も気を遣ってくれた。

普通に電車に乗り、普通に家に帰れた。タクシーも使わなかった。なんか、とても普通のことなんだけど、ものすごく嬉しい。やっと普通の生活が戻った。それにしても、J医大第3の馬鹿医者は、「かなりリハビリが大変ですよ」と言っていた。全然違うじゃん。やはり、あの病院はやばいと思う。

明日は、2ヵ月ぶりにスポーツクラブに行ってみようかと思う。まずは3㌔くらい歩いてみるかな。調子が良ければ、ジョギングもしてみよう。ベンチプレスは60キロからはじめよう。そして、完全復活じゃ!!!

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2006年5月25日 (木)

女性の社会参加について

ここのところ、女性の社会進出はめざましいものがある。キャリアウーマンなどと言う言葉を使用する方が恥ずかしいくらいである。女性管理職は当たり前になりつつあり、女性社長も急速に増えているようだ。

そして、その一方で進んでいるのが急速な少子化である。女性が結婚しなくなった、女性が子供を産まなくなった・・・当然のことながら男性にも非があるわけであるが、とにかく子供を産まない女性が増えているのは間違いがない。

そして、この発言はタブー視されがちであるが、私は、この“少子化の最大の原因は女性の社会参加にある”と考えている。そもそも人間の生活というものは役割があり、一昔前までは「男性が外に働きに出て、女性は家庭を守る」というのが一般的な考え方であった。動物の世界でも役割分担は明確であり、オスは狩りに出かけ、メスはオスがとってきた獲物を子供に与える。まあ、ライオンの世界のようにオスが縄張りを守り、メスが狩りに出かけるというのもあるが、これはライオンの狩りの対象が草食動物であり、狩りをする側に危険が少ないことから狩りをメスに任せているのであろう。いずれにしてもオスは危険な役割を担い、メスは危険度の低い役割を担っている(オスは縄張りを守っているとみせかけているだけで、実は全てをメスに任せているという意見もあるが・・・)。

人間の世界においても、狩猟民族では狩りは男の役割であるが、欧米諸国や日本人のような先進国になると、人間が狩猟に出かけることは皆無に近い。要は、仕事の多くは肉体的な危険を伴わないものであり、男性でなければならないような仕事は少なくなってきている。つまり、多くの場合、外に働きに出るのは男性でも女性でもいいわけである。特にディスクワークをはじめとする事務的な仕事では、女性の方が適しているようなケースも多々あるわけであり、最近では、営業においても女性の方が優れているケースが増えてきている。営業マンという言葉を使えなくなってきているくらいである。そうなると、女性としては、仕事が面白いと感じるであろうし、仕事に生き甲斐を感じるようになっても全く不思議ではないわけである(仕事に生き甲斐を感じている男性はいっぱいいるでしょ)。当然、労働環境の面で、女性は男性と同等に扱って欲しいと思うであろうし、男性と同じような権利を欲する。女性が、男性と同じように働けるような権利を求めるのは、ある意味当然のことなのである。

ここで問題になるのは、それでは誰が家庭を守るかと言うことである。まあ、家庭を守ると言ってもその内容は様々であり、定義づけは難しいが、ここでは“子供の面倒をみる”ということで考えてみよう。誰が子供の面倒をみるのか・・・。父親も母親も働きに出てしまえば、当然子供の面倒をみる人はいなくなる。それでは子供が可哀想ということで、じゃあ子供を作ることをやめようということになる。仕事にやりがいを感じるし、楽しいし、子供なんかいない方がいいという考えになっても、それは仕方がないことである。

でも、本当にそれでいいのだろうか。少子化が進めば、間違いなく人類は滅びる。まあ、その前に高齢者が異常に多い世界となり、極端な話、消費税20%にしても高齢者を支えきれないという事態になるわけである。実際、先進国のほとんどがそういった事態に直面している。私は、決して女性の能力が劣っているとは思わない。むしろ、今のサラリーマンが行っている仕事のほとんどは、女性の方が向いているのではないかと感じるくらいである。ただ、育児についてはどうであろうか。確かに育児は父親がやっても母親がやってもいいものだが、肉体の構造を見る限りにおいて、母親の方が適しているのは間違いがない。乳を与えられるのも女性だけだし、柔らかな体で乳児をダッコできるのも母親である。乳児に優しい声で語りかけてあげられるのも母親である。そのように考えると、やはり少なくとも子供が3歳までは、育児の役割を母親が担った方がベターではないであろうか。国に対して、働きながら育児ができる環境を整備するように求める声があるが、私に言わせれば、国は何ら解決策を見いだせないであろう。例えば、託児所の整備などの施策を考えている自治体もあるが、少なくとも子供が3歳になるまでは託児所などに預けるべきではないと考える。子供に親の愛を感じさせることの重要性は前に述べたが、託児所に預けられた児よりも、親がそばにいてくれた児の方が親の愛を感じる可能性が高いと思うからである。3歳神話を否定する意見も多いが、私は3歳神話を受け入れた方が、よい子が育つ可能性が高いと考えるからである。もちろん3歳神話を無視しても良い子が育つケースはあると思うが、受け入れた方が良い子が育つ確率が高いのではないだろうか。「しっかりと子供の面倒をみる」ということを実現しようと思えば、子供を職場に連れて行く以外、方法はないのではないだろうか。

ジョンレノンは、自分の子供が一定の年齢になるまで、一切仕事をしなかったようだ。両親揃って子供に付き添って育てることで、子供に愛情を感じさせてあげたかったからのようである。私は、このジョンレノンの考え方が大好きである。勿論これはお金がたっぷりあるジョンレノンだからできたことだと思うが、両親どちらか一方が働かなくても生活が成り立つのであれば、少なくとも3歳までは両親のどちらかがしっかりと子供に付いていてあげて欲しい。そして、親の愛というものを子供に感じさせてあげて欲しい。

家庭を守る役割を担うのは女性では駄目であろうか?「男性は外で働く。女性は家庭を守る。」。今や、とても古い考え方に聞こえるし、下手なところでこの発言をすると、囂々たる非難を浴びる。「世の中に逆行している」「人権侵害だ」「女性蔑視だ」等と非難されるかもしれないが、これからの人類のためにも、生まれてくる子供たちのためにも、夫婦仲のためにも、私はこの考え方がなんだかんだいって正しいのではないかと思えてならない。

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2006年5月23日 (火)

通院5

昨日、2週間ぶりの診察だった。何と、術後7週目に突入。過ぎてしまえば、早いものである。生足だとややバランスの悪い歩き方になるが、靴を履けばかなり安定する。ジョギングもできそうな感じである。腫れは少し残っている。これは、いつ治るのだろうか?また、歩いているときに、時々患部が痛む。ボルトが原因か?

松葉杖を車に乗せ、いざ病院へ。駐車場のおばちゃんに「松葉杖です」と言うと、障害者用のスペースを空けてくれる。この特権を使えるのも今回が最後であろう。歩けるが、おばちゃんの目もあるので、一応、松葉杖を使いながら院内へ。レントゲンを済ませ、外来へ。5分ほどで名前を呼ばれる。いつものT先生。「順調です。もう松葉杖はいらないですよね?」「はい。かなり歩けるようになりましたので、不要です。」松葉杖没収。ちょっと寂しい。なんせ、この2ヶ月間、ずっと自分の足代わりになってくれた。そして、駐車場での特権。ちょっともったいない気がする。ずっと車に積んでおきたいくらいである。腫れと痛みについて質問した。「腫れは1年くらい残ります。痛みは骨ではないから、心配しなくていいですよ」。なんと、腫れは1年くらい残るようだ。ただ、自分の足の腫れはかなり軽い方らしい。痛みは、日ごとに回数が少なくなっているので、深く追求するのをやめた。抜釘の時期について質問したところ、やはり夏場は避けた方がいいようだ。化膿しやすいらしい。仕方がない、抜釘は秋にしよう。そして、スポーツ復帰の時期について質問。これはとても大事。すると、嬉しい回答。次回は6月17日に診察。それまでは、全力疾走とサッカーは禁止。但し、フィットネスクラブでトレーニングはOKとのこと。9割方骨はついているようだ。やったね。また、嬉しいことに、抜釘した後、2週間くらいでサッカーをしてもいいようである。J医大第3病院の馬鹿医者は、抜釘後3ヵ月は運動できないようなことを言っていた。随分、違う。つくづくK大学病院で良かったと思う。

ただ、どうしても治らないのが足の甲のしびれである。足の甲の部分にしびれがあり、ピリピリと痛む。日に日に良くなってきているような気はするが、どうしても気になる。これについては、「すぎやま整形外科」のHPに、似たような症状の方がQ&Aに投稿しており、そこの先生が次のように回答しているのを見つけた。

このあたりには「浅腓骨神経」という知覚神経が通っていますが、骨折時にこの神経に傷がいく場合があります。また、骨折の手術の時に、腫れや出血のためこの神経がわかりにくいことが多く、しばしばこの神経を手術の器具で圧迫したり、傷つけることがあります。ときには糸で縛ってしまうこともあります。この麻痺は tomos も何度か経験があります。hirab さまの症状は、この神経の症状だと推定されます。(あくまでも推定です。)。神経が単に圧迫されただけの場合や、軽い傷の場合は1~3ヶ月で症状がなくなります。もし神経の傷が深い場合や切断されている場合は痺れが残りますが、この神経は知覚に携わる神経なので、足が動かなくなるようなことはなく、日常生活に何ら障害を残しません。」

まさにこれだ。自分のは軽い方なのか重い方なのか・・・。まあ、3ヵ月は様子を見ないと・・・という感じである。「日常生活に何ら障害を残しません」という言葉にほっとした。

骨折は、骨がつくと途端に歩けるようになる。不思議なくらい。友人も皆驚いている。自分でも、驚いているくらいだから、仕方がないか。とても嬉しかったので、夜に友人と飲みに行った。久々に飲み過ぎてしまい、今日は見事に二日酔である。

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2006年5月19日 (金)

塾について

自分の2人娘は、塾に行っていない。まあ、もともとうちの2人娘は塾に行く気がないようだが、基本的に私は塾が嫌いである。塾に通っている子供たちが多いのは、前に述べた通りである。早○田アカデミー、ト○マス、栄○ゼミナール、そして公○式だか苦悶式だか知らないが、あれは塾の先生の促成栽培だろ。そして、どこで調べたのかわからないが、やたらとうちの子供らにDMが届く。塾の必死さが窺える。それもそのはず、時代は少子化にまっしぐら。子供の数が少なくなれば、塾にとっては死活問題である。

当然、塾はどうするか考える。今の子供たちをどうやって塾に通わせるか・・・。そうなんですよ。そのために必要なのは、少しでも多くの子供たちに“お受験”に向かわせることなんですよ。アホンダラ。とある塾のPR文句「今や、3歳から勉強しなければ東大に入れません」。はぁ?3歳から???何の根拠があって、こんなことを言っているのだろう。

そのような中、文科省は、「ゆとり教育」を展開。私は、このゆとり教育というものに賛成であった。文科省も、たまにはいいことやるじゃん。役人にしては、国民のことを考えてるじゃん。勉強ばかりしている子供たちに疑問を感じていたし、勉強をしない子供たちは、取り残されるばかりであった。教師の側も学問を教えることで手一杯で、こころの育成にほとんど着手できない状況であった。そんな中、「子供たちよ。確かに勉強も大事だが、もう少しゆとりを持とうよ。前ばかり見ないで、振り返るゆとりを持とうよ。友達と遊ぶことも大切だよ。家族とお話しすることも大切だよ。先生は、勉強だけを教えるのではなく、子供の心の成長にも目を配ってね・・・」との国からの通達。私は、これがゆとり教育の基本的考えと理解していた。3人に一人がこころを病んでいると言われている世の中だもの、子供にゆとりをもたせるのは大切ですよ。勉強だけではなく、子供のこころにも積極的に目を向けましょうよ。そうすれば、子供の犯罪が減るんじゃないかな、すぐに死んじゃう子が減るんじゃないかな、すぐに切れる子が減るんじゃないかな、友達を殺しちゃう子が減るんじゃないかな・・・素晴らしいじゃないですか。ほんとに素晴らしい!!!ところがである。塾はこれを悪用しはじめたのだ。「こんなゆとり教育をしていたら、子供が馬鹿になりますよ。現に欧米に比べて、子供の学力が低下してます。塾に行って勉強を補わないと、大変なことになりますよ。それに、そんなゆとり教育をしている公立に行かせてはいけません。私立でちゃんとした教育を受けさせないと駄目です」。

見事にこの戦略にはまったお母さん方。「私立に行かせるために、塾にいかせなきゃ」。ゆとり教育でできた時間に、子供は塾に通うことになった。私立の小中学校も、生徒を獲得するためのチャンスとばかり、ゆとり教育を批判し、自分のところに生徒を集めようとPRを展開する。塾と私立の小中学校がタッグを組む。マスコミもこれに便乗してゆとり教育を批判。そして・・・・・そして・・・・ついに文科省は、ゆとり教育の見直しを決めました。やっぱり単なるお役所だったか。そもそも、ゆとり教育の目的は何だったのか。こどものこころの育成に目を向けることではなかったのか。ゆとり教育である程度学力が低下するのは、やむを得ないことだし、それははじめから分かっていたはずではないか?そして、学力をある程度犠牲にしてこころを育むのが目的ではなかったのか?あ~情けない。

こどものこころに目を向けたゆとり教育。私は大賛成でした。それを自分たちの私利私欲のために骨抜きにしてしまった塾、私立の小中学校、一部のマスコミを私は許せない。奴らは偉そうに子供の教育について語っているが、本当に子供のことを考えていれば、そんなことはしないだろ。だから私は子供を塾にも私立の小中学校にも行かせません。あ~気分悪い。

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お受験について2

私が一番危惧しているのが、「地元の中学校に行かせると馬鹿になる・不良にある」との考えを、多くの親(特に母親)が持っているという点である。確かにうちの娘は地域の公立中学校と公立小学校に通っているが、特に中学校には不良がいっぱいいるし、地元の評判も芳しくない。それでも私は、前述の理由から小学校で受験勉強をさせる気がなかったというのもあるが、娘を喜んで地元の公立中学に送り出した。

「馬鹿になる」との意見は論外だが、「不良になる」との不安は理解できなくもない。確かに、腐ったミカンの論理ではないが、不良が多いところに入れれば、不良になる可能性は高まる気がする。ただ、私が思うに、子供が不良になる原因の99%は親のせいだと思っている。これは、統計的に調査したわけではないので、正しい数字ではないが、言い方を変えれば、親はそのように考えておいた方がいいということである。最も悪いのは、“両親の不仲”である。親の離婚がきっかけで子供が不良になるケースは非常に多いと思うし、私の友人で不良化した奴らは、全員親が離婚している。子供が家に帰ると、両親はいつも喧嘩している。父親は、ほとんど家に帰らない(仕事であっても駄目)。父か母のどちらかが浮気をしている(ばれなければいい)。親がこういった状況にあれば、当然、子供は反発したくなる。そして駄目親の例。両親とも仕事に出る(これは仕方がないケースがあるかもしれないが、子供が寂しい思いをすることには変わりがない。なぜ両親ともに働かなければならないのかを、しっかりと子供に理解させる必要がある。とても難しいことである。)。子供に「お前は○○の子供なんだから、考えて行動しろ」と言う。この○○に入るのは、警察官、医者、教師、弁護士、政治家など、先生呼ばわりされる職業が挙げられる。とにかく、子供が不良に進む第一歩は、親の愛情に対する飢餓感から始まるのだ。

それでは、親の愛情ってなんだろうか?簡単に言えば、“子供を愛する心”であるが、これが非常に難しい。「お前には最高の教育を受けさせたいから私立に通わせてるんだよ。お金がかかるけど、お母さんも一生懸命働いて学費を稼ぐからね」という台詞。一見、愛情にあふれているようだが、子供にとっては、母親が家にいてくれる方がどれだけ嬉しいか。子供を理由に、オメーの欲望を満たしてるだけだろ!と私は言いたい(女性に社会に出るなと言っているわけではない。女性の社会参加論については改めて述べることにする)。「お前が寂しくならないように、欲しいものは何でも買ってあげるからね」という台詞。これは論外であるが、意外にこういった親は多いのではないか。小中学校の時期に携帯電話を買い与え、通話料も払ってあげているような親は、これと大差ないと思う。こういったのは間違いなく愛情ではない。私が思うに、愛情とは“少しでも子供と一緒の時間をつくってあげようと努力すること”だと思っている。いつもべたべたする必要はないが、そういった姿勢を時々でも示していれば、子供は感じ取ってくれるはずである。私は、小学校1年で父親が死に、小学校から母親が働きに出ていたが、私の母親は飲んで帰ってくることがほとんど無かった。それだけのことだが、「早く帰って、子供にご飯を食べさせなきゃ」という姿勢が痛いほど感じられた。だから、母親の愛情を痛いほど感じられたし、不良になる気は全くおきなかった(不良の友達は、中学校、高校と沢山いたけど)。それに習い、私はとにかく食事はできるだけ家族でするように心がけている。サラリーマンではないので、今まで、夕食はほとんど家族で食べている。基本的に、子供は寂しがり屋であり、いつも自分を見ていてほしいのである。だから、親が自分を見てくれていないと思えば、その確認をする。それが、ちゃんとした訴えであればいいけど、不器用な子供は、万引き等の不良行為に走ることで、本当に自分を心配してくれるのか確認するのである。そして、それが癖になり、果てしなく不良化していく・・・。

私は声を大にしていいたい。基本的に親がちゃんとしていれば、子供は不良になんかなりません。ただ、このちゃんとしているというのは、ちゃんと働いているとか、高学歴であるとかといった意味ではないですよ。両親が仲良しで、いつも子供の近くにいようと努力してくれている親のことです。

次にいじめの問題。「あんな公立中学に行けば、うちの子がいじめられるのではないか」という不安。私は、子供がいじめられる原因の80%は、いじめられる子供のせいだと思っている。80%とちょっと控えめなのは、現実として、身体障害があるからいじめられるとか、精神障害だからいじめられるとかがあるからである。それは別にして、いじめられる子には、それなりの理由がある場合が多い。すぐに自慢する子、裏と表がある子、すぐに切れる子、すぐに暴力をふるう子・・・。でも、こういった子の多くはストレスが原因でそいった行動に出ており、そしてそのストレスをかけているのは、やはり親なんですよ。前に述べたように子供に寂しさを感じさせている親。勉強の仕方を教えていないのに、勉強しろとしか言わない親。申し訳ないけど、私の経験では、先生と呼ばれる職業の子供に、嫌な奴が多い気がする(もちろん、いい奴もいた)。親が子供に過剰なストレスを与え、子供がそれをコントロールできなくなり、嫌な奴へと変貌してしまう。そして、いじめられっ子、いじめっ子へと走っていく・・・。

私は声を大にしていいたい。基本的に親がちゃんとしていれば、子供はいじめっ子にもいじめられっ子にもなりません。ただ、このちゃんとしているというのは、ちゃんと働いているとか、高学歴であるとかといった意味ではないですよ。両親が仲良しで、いつも子供の近くにいようと努力してくれている親のことです。くどいぞ。

そして、学校に不良がいると言うことは、子供にとってとてもいいことなんですよ。社会を見てください。ヤクザやちんぴらみたいな方々が、うろうろしている。世の中には、色々な職業の人、色々な考え方の人、色々な知能指数の人がいるんです。医師、弁護士、役人、教師、サラリーマン、自転車屋さん、酒屋さん、電気屋さん、ヤクザ屋さん・・・そして、社会に出れば、こういった色々な方々と渡り合っていかなければならないんです。だいたい、役人や教師などは、自分と同じ職業の人としか飲みに行かない。どうも、それ以外の職業の人間は、下等だと思っているふしがある(これも、全てではないですよ)。私は、自分の子供を、そんな子供にしたくない。学問の前に、世の中には色々な人間がいるということを学ばせ、どうやったらそういった方々と仲良くできるか、どうやったらそういった方々と渡り合っていけるかを学んで欲しいのです。それには、公立はうってつけですよ。

こんな母親を見ました。子供の前で電線工事のおじさんを指さし、「公立中学(ここには地元中学の具体的な名前が入ります)に行くと、あんな人になっちゃうのよ」。はぁ?電線工事のおじさんがいるから、おめーらは電気器具を使えるんだろが!「ああいった危ない仕事をしているおじさんがいるから、アンパンマンを観られるのよ」と言うべきだろが!!!これは、大大大大大馬鹿親ですね。そして、うちの娘の公立小学校に、精薄児童のための学級ができることが決まったとき、「うちの子供に何かあったらどうするの?」と怒鳴り込んできた親がいたそうです。これも、大大大大大馬鹿親ですね。確かに日本人の多くは精神薄弱に対する理解が乏しく、誤解している方が多いようですが、精神薄弱の子供はとても純粋で、皆いい子なんですよ。統合失調症などの精神障害とごちゃまぜにしてるんですね(統合失調症でも、攻撃的な方は一部です)。自分の子供にそれを理解させるのにとてもいい環境になろうとしているのに・・・。要は、小学校、中学校から純粋培養で育つと、そんな親になってしまうわけですよ。いくら東大に入っても、そんな世間知らずじゃ話にならないわけで、その辺りのところが全く理解できていない親が多いのです。

だから私は、子供を私立の小学校・中学校へは絶対行かせません。

まだまだ、書きたいことがあるので、つづく

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お受験について1

私は昭和37年生まれであるが、こどもを取り巻く教育環境は、私たちの時代と大きく異なってきている。前に述べた英語教室をはじめ、ピアノ教室、サッカー教室、スイミングクラブ、絵画教室・・・・・など、習い事をしている子供の多さに驚かされる。私が小学校の頃は、学年(250名程度)でスイミングクラブに通っている児は1~2人程度だったと思う(ちなみに、彼らは水泳大会でスーパースターでした)。そして、今は塾に通っている児も異常に多い。まあ、それだけ日本人が豊かになったということだろうが、その一方で、「教育にお金がかかりすぎるから子供を生まない・生めない」という声もあり、“なんか変だよな”と思っている。

そして、一番の驚きがお受験組の数の多さである。うちの子の小学校(もちろん公立)は、現在3クラスしかないが、何とその半分近くが私立に行くというのだ。はぁ?私立?。そして、小学校・中学校から私立に行かせようと考えている親の言い分はこうである。「子供には、最高の教育環境で勉強させてあげたい」「教育は子供の財産になるものだから、教育に少しでも多くのお金をかけてあげたい」。ふ~ん。こういうのもある。「小さい頃に苦労して私立の学校に入っておけば、あとは受験勉強がないから楽」(これは大学附属の小中学校)、「東大に入れるには、ここしかないから」。あっ、そう。そして、ひどいのになると、こういう考えもある。「地元の中学校に入れると、馬鹿になるから・不良になるから」。ため息。

ちなみに私は、またまた申し訳ないが、小学校から私立に行かせる親を「大馬鹿親」、中学校から私立に行かせる親を「馬鹿親」と呼んでいる。習い事や塾に通っている児の多さは、この私立志向の(大)馬鹿親の多さに比例しているようである。

そもそも、なぜ私立なのか。私が思うに、まず「子供には、最高の教育環境で勉強させてあげたい」「教育は子供の財産になるものだから、教育に少しでも多くのお金をかけてあげたい」との親の言い分をみても分かるように、“勉学”にしか目がいっていない。まあ、かつて日本は学歴社会だったから仕方がない面もあるが、子供には学歴以前に学ばせなければならない大切なものがあるのである。小学校を受験させるとすれば、早ければ3歳、遅くとも5歳から受験勉強をはじめさせることになると思うが、この3歳~5歳、そして小学校という時期は、子供の“こころ”を育む上で、とても大切な時期である。そして、この“こころ”は、親や友達と遊ぶことで育まれるのである。どうすれば友達が沢山できるのか、どうすれば友達と仲良く遊べるのか、どうやって友達と喧嘩するのか、どうやって仲直りするのか・・・などなど、友達と遊ぶことで学ぶことが山ほど有るのである。私は、この時期は勉学よりもむしろそいったことを学んで欲しいと思っている。特にTVゲームしか遊び方を知らない子供が多いので、3~5歳で友達と遊ぶことは、コミュニケーション能力の育成という意味で非常に重要だと思う。また、小学校から私立に行っている子供を何人か知っているが、地元の小学校の子供は、地域の子供と毎日楽しそうに遊んであるのに、私立の児は近所に友達がいないため、いつも一人で遊んでいる(全ての児がそうではないと思うが・・・)。どうみても可哀想な気がする。

次に「小さい頃に苦労して私立の学校に入っておけば、あとは受験勉強がないから楽」(これは大学附属の小中学校)、「東大に入れるには、ここしかないから」との言い分。まず、「受験勉強がないから楽」とあり、これは一見、子供のためを思って言っているようだが、実は楽をしたいのは親なんじゃないだろうか!確かに、子供の受験勉強の機会が減れば、子供も親も楽である。私は、高校受験、大学受験を経験しているが、確かに大変だった。親も、大変だったと思う。ただ、「それくらいの苦労は、親も一緒にしてやれよ」と言いたい。今思い返せば、大学の受験勉強をしていた1年間は、ある意味、今までの人生の中で最も充実していたように思う。受験勉強以外、何をやっても楽しいのである。ヒロシじゃないけど、サイコロをころがしていて、いつのまにか3時間経っていたこともある。友達と毎日図書館に通い、どの参考書がわかりやすいだの、どの問題集が使いやすいだの、色々と情報交換をしあいながら過ごした。友達はライバルであり、仲間なのである。これを友達に教えれば、こいつが合格して俺が落ちるかもしれないなんて考えは微塵もなかった。みんなで合格しようという雰囲気で勉強していた。己の成長という意味でも、貴重な1年であったように思う。私は、ぜひともあの経験を自分の児にもさせてあげたい。それから、余談になるけど、自分の大学にも附属の小中学校があったけど、附属から上がってくる奴らは、一部を除いて可哀想なくらい頭が悪かった。サークルによっては、“附属高校出身者お断り”のところがあったくらいである。小学校の時は頭がよかったのかもしれないが、普通に勉強していればそのまま大学に行けると言うことで、受験組とは大きな差がつく。これは附属出身者も話していたので、間違いがない。高校からよりも中学校から入学した奴、中学校よりも小学校から入学した奴の方が、頭が悪いようである。うちのかみさんも私と同じ大学であるが、かみさんの友人は、自分の子供を附属の小学校に行かせている。「おめ~、大学で奴らを見てきただろ。あんなになってもいいのか?」と私は思ってしまう。「東大に~」については、あまりにも馬鹿親の考えなので、コメントする価値もない。

はぁ~。このつづきは、また次回に・・・・・

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子供の英語教育について

ここでは子供の英語教育についての私見を述べてみたいと思う。今後も色々な方のご意見を伺い、加筆・訂正を加えていく予定である。まずはベースとなる意見を述べることにする。

最近、子供の英語教育を小学校から行うという動きがあるようだが、これには賛成である。これまで、我が国の英語教育は中学校からであったが、そのためかヒアリングやスピーキング教育が不足しており、文法や読み書き中心の教育になっていた。はっきりいって、楽しくない。小学校から教育をはじめれば、ヒアリングやスピーキングから始められるので、英語の楽しさを感じながら学べるようになるのではないだろうか。

ただ、最近の親の教育をみていると、3歳くらいから英語教室に通わせている親がいる。申し訳ないが、私はそういった親を「馬鹿親」と呼んでいる。3歳から英語教室に通わせている親の言い分は、大方、次の通りである。「3歳から英語を学ばないと、ネイティブな英語が話せなくなるから」。はぁ?ネイティブな英語? 自分の子供を国際人に仕立て上げたいらしい。まあ、だいたいこういった親は、自分自身が全く英語が話せない親が多い。根本的に私の考え方と大きな違いがあるのだが、果たしてネイティブな英語は必要なのだろうか? そもそも言語というのは、コミュニケーションの手段であり、通じればそれでOKというのが私の考えである。(藤原正彦氏も、「国家の品格」の中で似たようなことを述べていたような気がする)

また、この「3歳から~」というのも、完全に英語教室の宣伝、口車に乗せられている感がある。本当に3歳から学ばないと、ネイティブな英語を話せないのか。例えば、ネイティブな日本語を話す最たる方々をみてみよう。最初に思いつくのは相撲取りだろう。朝青龍などは、ネイティブどころか、日本人と変わらないくらいの日本語を話す。朝青龍は3歳から日本語を学んでいたのだろうか? デーブ・スペクターはどうだろう? 彼はさすがに英語圏のなまりがある日本語だが、かなり日本語がうまい。デーブは日本が大好きで、学生時代から日本語の勉強をしていたようだが、さすがに3歳から日本語を学んではいないだろう。つまり、必要に迫られて勉強すれば、朝青龍やデーブのようになれるわけで、3歳から学ぶ必要は微塵もないのである。(一方、ジーコは、10年以上も日本にいるのに、未だに通訳をつけている。ただ、ジーコは、日本語のヒアリングは完璧で、かなり日本語をうまく操れるようだ。マスコミに下手なことを話して問題にならないために、必ず通訳をつけているらしい。)

そもそも、米国人は、中国人なまりの英語、韓国人なまりの英語、日本人なまりの英語というものの存在を理解しており、ネイティブな英語を話さないことは、まったく恥ずかしいことではない。むしろ、デーブ・スペクターがそうであるように、多少なまりが有る方が、好感がもてるのではないだろうか。ちなみに、私はボビーオレゴンの日本語が大好きである。

次に、我が国は島国であり、いくら3歳から英語の勉強をしても、小学校、中学校と進むにつれて、英語をコミュニケーションとして使用する機会が激減し、忘れてしまうのだ(勉強を続ければ別だが、子供が成長するにつれ、親の言いなりにならなくなり、ほとんどの子供は英語教室をやめちゃうのではないだろうか)。私の知人で5歳までドイツにいて、ドイツ語がぺらぺらだったが、高校生になってすっかり忘れてしまったという奴がいる。全く覚えていないそうだ。とにかく言語というのは、使わなければどんどん忘れてしまうのである。それに、米国でその時に流行っている言葉やジョークなどがあり、これは米国にいないと理解できない。

私の友人で海外勤務になっている奴らは、皆、英語が上手くなり、ちゃんとビジネスをやっている。「こいつの英語力で海外に行って大丈夫か?」と思っていたやつも、一緒に海外旅行に行けば、私の通訳である。英語圏での勤務になれば、嫌でも勉強するし、1年もそこに住めばかなり話せるようになる。また、米国人の恋人ができれば、松田聖子のように英語が上手くなる。英語は、必要に迫られたときに勉強すればいいのである。まあ、お金が有り余っていて、使い道がないから3歳児から英語教室に通わせるというのであればいいが、私に言わせれば、3歳児なら、スイミングクラブとかもっと体力づくりの方面にお金をかけた方がいいのではないかと思う。

私が英語塾を経営していれば、間違いなく次のようにPRします。「英語は3歳から、いや2歳から習わせないと、ネイティブな英語は話せませんよ」。これは宣伝文句なんです。皆さん、惑わされないようにしましょうね。

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2006年5月18日 (木)

代表について

基本的に自分はFC東京のフアンであり、代表にはさほど興味がない。まあ、ワールドカップは観るけど・・・(勿論TVで)。だから、誰が選ばれようがどうでもいいけど、少し言わせていただくと

なぜ、松井をはずしたんじゃ。ボケ!!!。松井はテクニックがある、守備もできる、決定力がある・・・と海外組で中田に次ぐ選手と言ってもいいくらいだろが。

久保がはずれたのはやむをえないでしょ。正解だと思う。

巻を選んでくれてアリガトウ。今回は、巻をみるためにWCを観るぞ!!!

玉田の決定力の無さには呆れていたけど、まあ、いいかな。玉田なら松井(FWとしての能力も高い)の方がいいと思うが・・・。

茂庭も仕方ないかな。次は中心選手だ。

坪井より松田だろ。いい加減、和解して欲しかった。

やっぱり正キーパーは土肥でしょ。川口はブラジル戦だけ出せばいい。

ガンバに行っちゃったけど、加地には期待してるよ。あんなに下手だったのにね。

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浦和戦。やればできるじゃん。

WCによる中断前のホーム最終試合ということもあり、かなり気合いが入っていた。というよりは、FC東京の各選手も、先日の福岡戦で強い危機感を持ったに違いない。今日は、左サイドバックに金沢が復活、そして小澤がスタメンで起用された。これが大当たり。やはり金沢が左に入れば、安定感が全く違う。ノリオには申し訳ないが、大人と子供ほどプレイ内容に差があった。左が安定すれば、今野も左のケアに気を遣わなくて済むし、モニの負担も軽減する。右サイドの徳永も、どんどん攻撃参加できる。悪循環が好循環に転じていた。見事劣頭(レッズ)を完封。完封って久しぶりじゃないですかね。もしかして、今期初めて。ガーロ君。これでわかってくれたかな。左は金沢にしてくれ。これでまたノリオを左サイドバックに据えたら、石を投げつけるよ。小澤君は大活躍。まあ、ちょろちょろ動き回る選手はどこにでもいるが、彼は18歳ながらよく声を出している。私はそこを高く評価している。今日は、「ボールをもらうときはこうやってもらうんだよ」と言わんばかりの動きで、他の選手を引っ張っていた。コーナーキックの精度もなかなかのもの。4年後のWCでは、代表の可能性もある選手だ。梶山は本当に小澤を見習って欲しい。いや~、本当にいい選手をとったものだ。

ただ、選手の気迫はジェフ並になっていたし、非常にいい動きをしていたが、結局無得点。惜しいシュートが何本かあったが、決まらない。決定力無さ過ぎ。やっぱり川口はシュート下手。ループなど、小技を身につければ、幅が広がると思うのだが・・・。それから、ササを出さないのが気になる。「あれがササだったら」というシーンが何度もあった。ガーロはササが嫌いなのだろうか?多分ササは、「俺はブラジル人ではないからだ」と思っているのではないだろうか。

とにかく、中断明けが楽しみだ。

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2006年5月16日 (火)

どうしたんだ!FC東京!!

大宮戦、そして福岡戦と無様な試合が続いた。一体全体、どうしちゃったの?FC東京関係の掲示板もかなり荒れ模様。皆イライラしているようだ。イケイケ(FC東京の中心的応援団)も応援を拒否し始めたとか・・・。まあ、あくまでも掲示板の話なので、真意はわからないが、いずれにしても先日の福岡戦は、ゴール裏の雰囲気がかなり悪かったようだ。確かに自分も福岡戦をテレビで観戦していたが、決定力が無い者同士の糞試合という感じだった。当然のことながら、ガーロ監督の解任を求める声も多く出ている。ただ、よく考えてみると、東京の決定力不足は今に始まったわけではない。ここ2~3年、ずっと得点力不足だったように思う(トゥットとアマラオがいなくなってからかな)。前原監督は、攻撃サッカーを目標に掲げ、確かに攻撃的なサッカーをしていたが、決して得点がよく入っていたわけじゃない。昨年などは、守りで勝っていたと言っても過言ではないだろう。実は、むしろガーロの方が攻撃的かもしれない。左サイドバックに攻撃的な鈴木を置いているし、FWも必ず2~3名配置している。FC東京が落ち込んでいる最大の原因は、守備力の低下ではないだろうか。守備力を犠牲にして、攻撃を重視しているが、ポゼッションを求めるあまり、遅攻になっている。要するに守備力を犠牲にしただけの成果が攻撃に生かされていないという悪循環に陥っているのである。左サイドバックの鈴木は守備面で明らかに穴になっているし、徳永は加持ほど走らない、そして一番大きいのがボランチが1枚になっていること。今ちゃんのワンボランチが多く、今ちゃんの負担がかなり大きくなっている。そして、チームリーダーの不在である。疑問に思うのが、なぜベテランを使わないかである。藤山(私は、東京の中で一番好きな選手である)など、まだ一度もピッチに立っていないのではないだろうか。文丈もほとんど出ない。若手を育成してくれるのは良いが、ベテランをうまく使うことも忘れてもらっては困る。昨年の後半、東京の猛攻がはじまったのは、藤山が出るようになってからである。今、東京に必要なのは、リーダーである。試合中に声を出し、皆を鼓舞するような存在。皆の気分を盛り上げるような存在。ガーロは紳士的すぎて、盛り上がりに欠ける。ならば選手が盛り上げなきゃ駄目だ。土肥ちゃんの声は前まで届かない。ボランチあたりにドゥンガみたいな存在がいればいいのだが・・・。藤山や文丈にその役割を期待したい。それから、トップ下とDFに優れた選手が多い今のメンバーを有効活用するのであれば、一度スリーバックを試してみるのも面白いかもしれない。DFは、モニ、ジャーン、金沢(藤山、マス)、ボランチが今野とイノハ(宮沢でもいい。最強のボランチになるように思うが・・・)、右サイドが川口(徳永。川口は動きはいいんだけど、シュートが下手。FWには向いていないと思う。)、左サイドが(ノリオ、阿部ちゃん、戸田はセンスがないからボツ。ここに宮沢でも面白い気がする)、トップ下がゆうた(梶山はトップ下が適していると思う、栗沢)、FWがササとルーカス(ルーカスがポスト役でササがポイントゲッター。それぞれの役割を明確にしないと、この2人は機能しない。赤嶺、小澤、リチェ)。結構、行けそうな気がするんだけどな。それから、憂太は怪我が多いが、名前が良くないのではないだろうか?憂という字は、憂鬱、憂慮など、悪い意味に使われる。優太に名前を変えたらどうだろうか。

もう少し練習が必要だと思うが、ほぼ普通に歩けるようになった。復活近し!!!。でも、レッズ戦は仕事で行けそうにない。ぼろくそにやられないことを祈るばかりである。

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2006年5月14日 (日)

歩けるぞ~い

今日で、骨折・手術から6週目。さすがに骨は付いているだろう。でも、左足に全体重をかけたときに、時々ズキッと痛む。これが怖い。そして、足の裏の筋肉が弱いため、どうも左足に体重がかかったときに体勢が安定しない。でも、さすがに6週経過して歩けそうな気がしてきた。今朝から、とにかく松葉杖を使わないで歩くようにしてみた。時々ズキッと痛むけど、それで骨がずれることがないのも徐々にわかってきたこともあり、かなり自信がでてきた。そして、今日一日、家の中ではほとんど松葉杖を使わなかった。歩けるぞ~い。かなりぎこちない歩き方だけど、歩けるぞ~い。非常に嬉しい。とても嬉しい。しこたま嬉しい。階段にも挑戦してみた。手すりに頼らなければならないが、松葉杖無しで上り下りができた。本当に歩けると言うことは素晴らしいことだ。お風呂で、湯船に入る際も、普通に右足から入ることができた。すげ~。明日は買い物に行ってみようかと思う。

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2006年5月10日 (水)

歩けません

T先生から100%加重OKをいただいてから2日が経過。情けないことに、まだ歩けません。いやはや歩くというのが、こんなに大変なことなのかと痛感しております。自分はもともと慎重な性格(簡単にいえば臆病者)というのもあるのですが、やはり全体重をかけた瞬間にバキッというのが怖いです。それから、体重をかけると、患部に少し痛みが走ります。松葉杖で少しだけ体重を支えるだけで両足歩行ができるのですが、松葉杖なしでは、どうしても歩けません。外で歩行練習をしたいんだけど、ここのところ天気が悪くて、外に出る気になりません。T先生は、階段の上り下りもOKと言っていたけど、とてもじゃないけど階段なんか上れません。下りられません。足の裏、足首、ふくらはぎの筋肉が弱っているのもあり、足をつくと、足の裏にも軽い痛みが走ります。まあ、ここまできてバキッとやってしまったらもともこもないので、焦らず慎重にリハビリを続けたいと思います。

ただ、今日、新たな発見。腰を曲げると歩けます。腰を曲げると足への負担が低下するようです(本当かな?)。ただ、せむしおやじみたいなので、外では全く活用できません。とほほ・・・

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2006年5月 8日 (月)

通院4

103_0369 今日は通院日。GW明けなので、病院も混んでいるかなと思いきや、いつもよりも空いていた。レントゲンもすぐに終わり、外来へ。5分ほどで名前を呼ばれた。早い。いつものT先生。「今日は、傷口も診ましょう」。例のサポーターをはずす。「ケロイドもないし、完璧ですね。よかった」。傷口は、完治に近いようだ。そしてレントゲン。今日は術後5週だから、腓骨がつく平均日である。わくわく。歩けるかな~・・・・・・・・。「OKです。今日から100%加重でいってください。家の中なら歩いてもいいですよ。階段もOKです」。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。ついに歩けるぞ。「次回は2週後でいいです。問題がなければ、それで松葉杖をとりましょう」。思わず微笑む。「では2週後」。

そのまま会計を済ませ、家に帰る。そして、記念すべき一歩を踏み出す・・・・・・駄目だ。歩けない。1ヵ月歩いていなかったわけで、左足の筋肉がかなり衰えているようだ。特に足の裏の筋肉が落ちている。それからふくらはぎ。そして、まだ何となく怖い。これは歩けるようになるまで、かなり時間がかかりそうだ。とにかく自分なりにリハビリをするしか無いだろうな。

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久々の味スタ!大宮戦

100_0002 5月6日は、味スタで大宮戦。ここのところ2連勝で調子があがってきているFC東京。相手は調子が悪い大宮。まあ、負けることはないだろう・・・・と味スタに向かった。友人に席取りをお願いし、12:50に家を出た。13:30に駅でサッカー仲間と待ち合わせをしている。いつもなら我が家から駅まで徒歩25分。まあ、松葉杖だけど40分あれば着くだろうと思ったのが大きな間違いだった。しっかり50分かかった。左足の裏側の筋肉が、ひどい筋肉痛になっている。約束の時間よりも10分遅れで駅に到着。遅れたことを友人に詫び、一緒に飛田給駅に向かった。「随分、痩せましたね」「うん。1㌔痩せた」「いや、もっと痩せたようにみえますよ」。やはり、筋肉が落ちたのか、かなり痩せて見えるようだ。まあ、太るよりはいい。そんな会話をしながら、飛田給駅に着き、そのまま味スタへ。観客の入りは、まずまず。大宮のサポーターはかなり少ないが、25000人は入っていた。席はバックスタンドのセンターライン付近。最高に見やすい。まだ立ってみるのは辛いので、ゴール裏はパス。ワッショイやりたいけど、仕方ない。

15:00試合開始。いいぞいいぞ。セクシー東京コールが出るくらい、いい攻めを見せている。気持ちいい。と思っているところにPKゲット。ルーカスが難なく決める。やった~。1対0だ。ここからも怒濤の攻撃。でも、なぜか点が入らない。くそ~。いつものパターンか・・・。と思っていたら、モニが足を痛めて、マスに交代。大丈夫かな・・・。そして、そのまま前半が終了。何だよ。結局PKの1点だけかよ。嫌な予感もしつつ、それでもハーフタイムは余裕の気分だった。後半にもう1点くらいはとれるだろう。ふむふむ。そして、後半開始。ところが・・・ところが・・・・何と、後半のFC東京はまるで別のチームになっていた。大宮が2名メンバーを入れ替え、中盤をダイヤモンド型にしてきたのに対応できず、防戦一方。大宮のパスがつながりまくり。大人のパス回しに子供が振り回されているような光景が続く。我慢の時間だ・・・いずれ東京の時間に変わるだろう・・・と思いながら見ていたら、ノブオとイノハが交代。はぁ?イノハを入れるのはいいが、なんでノブオを下げちゃうんだ?????。ガーロの交代意味不明。ノブオが疲れているのかな・・・。イノハが入っても戦況は変わらず、ゴール前の混戦で、こちらから見ている分にはゴールしてないのに、なぜかゴールインのコール。やられた。審判もやたらゲームをとめるし、わけがわからないジャッジが多い。バックパスのルールも理解していないようだ。本当に日本の審判レベルは低い。赤嶺に代わって入ったリチェーリもぜんぜん機能していない。梶山、徳永は動かない。いや、動けないといった方がいいかもしれない。そして、悪夢のロスタイム。フリーキックを与え、嫌な予感が頂点に。昨年の味スタの大宮戦を思い出す。ロスタイムに同点に追いつかれているのだ。嫌な予感が的中、見事にゴールイン。負けた~。せっかく、松葉杖をつきながらも努力して味スタに来たのに・・・何なんだこの無様な試合は・・・。

ただ、ここのところ2連勝していたとはいえ、決していい状態ではなかったように思う。3連勝して、調子にのったまま休みに入るより、負けたことでしっかりと課題をもって休みに入れるので、これで良かったのかもしれない。まあ、何でも前向きに考えましょう。

かなり気分が落ち込んだが、一緒に観戦した仲間とタクシーに乗って居酒屋へ。こうなったらやけ酒だ。FC東京サポの仲間やその家族15名で残念会。そんなに飲まないつもりだったけど、久々の居酒屋でもあり、しこたま飲んでしまった。何だかんだで帰宅したのは夜の12時。さすがにその日は患部がうずいた。やっぱり、飲み過ぎは骨折にいけないようです。

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2006年5月 5日 (金)

歩行練習

今日は天気もいいし、明日は味スタに行くし、すこし歩く練習をしておこうということで、2㌔くらいの散歩コースを歩いてみた。とはいえ、勿論松葉杖を使いながらである。健常者の2/3ほどの速度で歩くことができる。もともとギプスを使わなかったせいか、足首は普通に曲がる。なんか、松葉杖なしでも歩けそうだ。順調に1㌔くらい歩いた。そこで異変が。何と、左足の筋肉がつりそうなのだ。やばい。確かに左足の筋肉を全く使っていなかったため、かなり筋力が落ちていた。右足と左足の太さを比べると、太さの違いが一目でわかる。左足が明らかに細い。女性など、足が太くて悩んでいる方がいれば、1ヵ月寝てるだけの生活をおくると良い。すぐに足が細くなる。特にふくらはぎはサリーちゃんの足みたいになる。うっ。足が動かない。サッカーをやっていて、足の筋力には自信があったが、1ヵ月休ませるだけで、1キロも歩けない足になっていた。松葉杖がなければ大変だった。左足を使わないようにして、何とか家に帰った。いやはや、これは筋力を戻すのは大変である。ただ、嬉しいことが一つ。運動を1ヵ月さぼっていたため、体重が増えているのではとびくびくしていたが、今日、体重計にのってビックリ。何と、1㌔減っていた。まあ、あまりお酒を飲んでいないし、食事も規則正しく適量を食べているからだろうか。良かった良かった。

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松葉杖生活

103_0374_1 松葉杖生活になって早いもので1ヵ月が経とうとしている。片足しかつけなかった頃は安定感が悪く、脇の下にも非常に負荷がかかるため、歩くのが大変だったが、両足をついて歩けるようになると、かなり楽である。今日は天気もよかったし、外で歩く練習をした。骨折している左足に全体重がかからないように、松葉杖で左足への負荷を軽減させながら歩く。ほぼ、普通に歩いている感じで歩ける。これなら、1時間くらいは歩いていられそうだ。結構歩けそうなので、久々に散歩に出た。骨折してからは初めてである。ふむふむ。これなら、雨じゃない限りどこへでも行けそうだ。まあ、満員電車は避けたいけど、すいている電車なら乗れそうだ。よし、6日の大宮戦には、ぜひ参戦しよう。駅まで歩いていき、行きは電車で味スタへ。帰りは満員電車に乗りたくないからタクシーで帰ればいい。そんなことを考えながら細い歩道を歩いていると、前から大きな荷物を抱えたお婆さんがきた。歩道が狭いので、自分とすれ違うのがぎりぎりくらいか。でも、端によって歩けば、何とかすれ違えるだろう・・・と歩いていたら、そのお婆さん、遠くの広いところでずっと私が通り過ぎるのを待ってくれていた。待ってくれなくてもいいのにと思いつつ、申し訳ないので歩を早める。すれ違いざま、「申し訳ありません」と言うと、「大変ですね」と言葉を返してくれた。タクシー待ちの時の爺さんといい、今回のお婆さんといい、松葉杖の人には皆とてもやさしい。見た目にも、松葉杖って大変そうに見えるのかもしれない。それから、車を駐車場に駐めるとき、「松葉杖です」と言えば、障害者用のスペースに駐めさせてくれる。これも非常に便利である。歩けるようになっても松葉杖を持っていようかと誘惑に駆られるくらいである。多分、あと2週間くらいで松葉杖を卒業できると思うが、ちょっと寂しい気もする。でも、早くジョギングがしたい。そして、サッカーがしたい。あ~、ボールを蹴られるようになるのはいつかな~。

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2006年5月 3日 (水)

FC東京2

先日の名古屋戦の大勝利に続いて、今日は甲府戦にも勝利した。何と今日もルーカスが2ゴール。ルーコンついに覚醒しました。昨年のFC東京の記事では、ルーカスのゴール欠乏症状について述べたが、今日の2ゴールで今期通算7ゴールとなり、ゴール数で5位につけている。このままいけば、20ゴールも夢じゃない。すげ~。あれだけ守備にも走り回り、ゴールを量産したら間違いなくアマラオ2世。今後が楽しみだ。

ルーカスの覚醒で、ここのところ調子を上げてきているFC東京だが、やはりまだまだ戦う気持ちが不足しているのではないかと思う。今日、東京の試合の後に千葉対浦和戦を見たが、千葉の選手の気迫、根性に鬼気迫るものが感じられた。ボールをとられそうになると、必ずというほどスライディングしてボールをはじく。それが味方に渡るからすごい。そして、戦う気持ちが試合の初めから最後まで感じられ、最高に面白い試合だった。こんな試合を続けていたら、ジェフサポはかなり増えるんじゃないだろうか。FC東京の選手も一生懸命やっているのはわかるが、どうも綺麗にプレイをこなそうとしているようなところもあり、泥臭さが感じられない。良くも悪くも都会のサッカーである。

梶山:良いときと悪いときの波が大きい。最近は、徐々に良いときが増えつつある。ただ、将来は間違いなく代表クラスに成長する選手と思われ、更なる飛躍が望まれる。

今野:素晴らしい。ボールをカットする能力は、Jリーグで一番の選手ではないだろうか。でも、怪我のせいか昨年ほどのキレが感じられない。気がつけばゴール前にいて、ちょこっとゴールを決めちゃう今野をまた見たい。あれで展開力が身に付けば、間違いなく代表。

規郎:ポジションがサイドバックになって仕方がない面もあるが、完全に東京の穴になっている。彼がサイドバックにいる限り、土肥の記録更新は難しいかも・・・。ただ、規郎がサイドバックで機能し始めれば、これはすごいことです。状況に応じて金沢とうまく使い分ければいいと思う。

ルーカス:ついに覚醒。一時はどうなるかと思いました。このまま怪我をしないで、頑張って欲しい。

川口:素晴らしい。磐田はなぜ彼を放出したのだろうか。とにかくよく動き、チャンスメイクする。また、自分が走り回ることで模範を若い選手に示し、若い選手を鼓舞している。ただ、シュートは下手かな。枠に行くけど威力がない。まあ、ふかすよりはいいけど。あれでシュートが上手くなれば、神になれる。

宮沢:ここのところスタメンが多く、嬉しい。あの展開力、精度の高いフルーキックにはほれぼれする。やはり、FC東京のサッカーを作るのは彼しかいないと思っている。頼むぞ宮沢。

ササ:やばい。もう少し走り回らないと、東京のサッカーにフィットしない。このまま退団してしまうのか・・・。ただ、ルーカスが覚醒したことで、ルーカスも積極的にササにパスを出すようになると思う。また、あのキラーシュートをみたい。もう一度、ルーカスとササのコンビを見たい。

ジャーン:とにかく大好きです。すごすぎます。

ガーロについては、正直言って、今のところわかりません。選手交代にはいつも驚かされます。これまで、ガーロのサッカーを悪く言う人がいたけど、今までつまらないサッカーだったのは、単に選手に戦う気持ちが欠けていただけじゃないかと思う。まあ、そういう風に選手の気持ちを持って行けなかったガーロが悪いと言えばそれまでだが・・・。ただ、原さんのサッカーは明らかに限界に近づいていたため、ここでポゼッションを採り入れ、原さんのサッカーと上手く融合すれば、本当に優勝を狙えるチームになると思う。

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装具屋の悪行

久々の憤慨。まずはサポーターのメーカーに電話をしようと思い、説明書に掲載してあるお客様サービスセンターに電話。「貴社のアンクルサポートを購入したのですが、ちょっと値段に納得できないところがありました。そこで、この商品の定価を教えて欲しいのですが・・・」。まずはメーカーから価格を聞き出し、確証を得なくてはならない。すると、サービスセンターのお姉ちゃん曰く「それは病院の装具屋から購入されましたか?その場合は定価が無いのです」「どういうことですか?」「装具屋がお客様のサイズに合わせて加工するので、その加工賃がかかるため、値段が決まってないのです」。なるほど。でも、自分がしているのはMサイズ。それも足の寸法なんか測ってもらったことがない。その旨を伝えると、「業者が加工したものでないと、保険請求できないんですよ。それなら定価販売になります」。ひぇ~。まじかよ。ふむふむ。でも、何となくカラクリが読めてきたぞ。領収書を見ると、サポーター部分が6400円、支持部が5850円とある。普通に考えたら、あり得ない値段。加工賃なんか一行もない。私は厚労省の予算を使って、医療費抑制に向けた仕事をしているので、こりゃ黙っちゃいられない。既製品では自己負担になるわけだから、つまり、患者が自己負担で定価6800円で買うよりは、オーダーメイドで提供したことにして、国から補助金を受けた方が患者にとっても安く済むわけである。確かに12000円×0.3=3600円。病院に支払った書類代1050円を合わせても4650円。そして、装具屋は、5000円以上の法外な利益をあげているのである。仕入れ値は更に安いわけだから、多分8000円以上は利益になっているだろう。だから私が装具屋のオヤジに「その値段はおかしいだろ」と突っ込んだとき、「患者に合わせた加工をしているので、加工賃がのっているんです」と説明すれば済むものを、実際は加工していないから、あのオヤジは「会社の方針だから・・・」としか言えなかったわけだ。間違いなく悪徳業者。もしかしたら、そこから病院側もマージンをもらっている可能性もあるわけで、これは告発ものの暴挙である。

こんなことを許していては、医療費を抑制できるわけが無い。こりゃすぐさま厚労省の知り合いに伝えなきゃ・・・と思ったけど、多分、どこの病院でもこういったことが当たり前のように行われているのであろう。厚労省も、見て見ぬふりをしているのかもしれない。だいたい厚労省は薬に対するチェックは厳しいが、医療用具に対するチャックは甘い。まあ、T先生に迷惑をかけてもいけないので、今回はここで公表するにとどめておこう。まあ、ついでの時に厚労省の人に話してはみるが・・・。まだまだ医療費抑制に向けて改革しなければならないことは山ほどあるようである。小泉君、頼むよ。

ここで結論。足首の骨折の場合は、捻挫のサポート機能が付いたサポーターなら何でもいいそうです。はっきりいって、そういった商品はスポーツ用品店に沢山置いてあり、安いものは3000円台、高くても5000円くらいで購入できます。靴を履けるタイプが便利です。私もアシックスのコンポブレイスAX-Ⅱというのを5000円くらいで購入しました。病院で買わされそうになっても、病院に支払う書類作成費(1050円)を考えたら、保険請求できたとしても自分で買った方が安いかもしれません。また、悪徳業者を儲けさせないこと、つまり医療費の抑制にもつながります。病院の先生には「自分で買います」とはっきり伝え、自分で購入しましょう。

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通院3

サポーターはちょっときつい。みるとMサイズだ。自分の足は27cmだから、どう考えてもLだろ。まあ、仕方ないか。ただ、あの胡散臭いおやじの「2万円」という言葉が気になる。3割負担としても6千円。そして、補助金を申請する書類を病院に書いてもらうのに1000円を支払っている。生命保険に支払う書類も5000円支払っている。これは暴利としかいいようがない。念のため、そのサポーターをネットで調べたら、同じ商品が出ていた。定価は6800円。でも、割引で5000円くらいで売られている。ほらみろ、こんなもんじゃねーか。まあ、病院だから定価販売は仕方がないだろ。補助金も出るわけだし。

足をつけるようになって、かなり楽になった。松葉杖も、両足をついて歩くと本当に楽である。お風呂も入りやすくなった。オシッコも両足でできるようになった。ただ、まだ外出はしない方がよさそうである。今週もおとなしく家にいることにする。泣く泣くマリノス戦を回避。でも負けたから行かなくて良かった。不機嫌。そして土曜日は名古屋戦。これも回避。しかし、こちらは何とルーカスが2ゴール。3対1の大勝利。行きたかった~。絶対にシュートが入らない病だったルーカスが2ゴールとは・・・。やはり磐田戦から覚醒したか!上機嫌。

5月1日。3回目の外来である。今回は、足がつけるということで、車で行くことにした。車の運転に反対していたかみさんもOKを出し、久々の運転。いや~、運転できるって素晴らしいね~。つくづく骨折が左足で良かったと痛感する。病院についていつものようにレントゲン。しかし、こうも毎週被爆して大丈夫なのかと心配になる。そのまま外来へ。今日もT先生がスタンバイしてくれていた。「順調ですね。でも、骨が付いているわけではないので、無理はしないで下さい。今日から50%加重で行きましょう」。30%が50%になってもあまり変わらない気がするが、いずれにしても良かった。「ではまた来週。」

そして、サポーターの代金を支払うために、あの胡散臭いおやじがいる隣の部屋へ移動。そこでおやじが一言。「12000円です。」「はぁ?」「はぁ?????」。すかさず「自分で定価を調べたけど、6800円でしたよ。おかしいじゃないか」と私は憤慨。するとそのオヤジ「会社の方針だから・・・」。まあ、ここで暴れても仕方がない。家に帰って戦闘態勢を整えよう。会社の電話番号もわかっているし・・・というわけで、仕方なく12000円を支払い、領収書をもらって病院を出る。さあ、どうしてくれよう。

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通院2

103_0367 ずっと家にいるわけだから、仕事ははかどる。それなりに仕事が進み、仕事面でのストレスはない。また、茨城県立中央病院に行く用事があったが、サッカー仲間が車の運転手になってくれ、無事にその仕事もこなせた。持つべきものは友である。ご褒美に1万円の報酬と、その日の帰りに寿司をご馳走してあげた。これならいいだろ。抜糸の2日後からお風呂も解禁。久しぶりのお風呂。左足を守りながら入るのは大変だったが、とても気持ちが良かった。お風呂ってこんなに気持ちのいいものだったんだと改めて思う。早く温泉にも行きたい。シーネの端がボルトにあたるような感じで、少し痛みがある。ただ、シーネをはずすと痛まないから、特に支障はない。そして、4月24日、2回目の外来である。今回は、かみさんの父親がたまたまパソコンを教えて欲しいとのことで我が家に来てくれて、ついでに病院まで連れて行ってくれた。ラッキー。前回と同じくレントゲンを済ませ、そのまま外来へ。そして、15分ほどで名前を呼ばれる。今日もT先生が診察してくれた。再手術になったことを気にしているのか、とても熱心に診てくれる。写真を見るなり「問題ないです」の声。そして嬉しかったのが次の一言。「もう、シーネは使わなくてもいいです。サポーターを巻きましょう」「エッ?そのギプスみたいなやつ、卒業ですか?」「そうですよ」ということで、シーネをはずし、サポーターを巻かれる。ちょっときつい。そして、捻挫防止用の器具を取り付ける。マジックテープが付いたプラスチック板みたいなものである。なかなか格好いい。「これって、保険の補助があるんですか?」「大丈夫です。3割負担です」。ほっとする。実は、同じようなサポーターを既にネットで買い込んでいた。まあ、3割負担で済むなら、もう一つ買ってもいいだろう。そして、更に嬉しい先生のお言葉。「30%加重までOKです」。おお。ということは、足を付いてもいいのね。両足でオシッコができるのね。嬉しい~。体重計に片足を乗せ、30%加重の練習をする。そして、隣の部屋へ移動。そこには、サポーターを販売している業者のおっちゃんがいた。まあ、ギプスなどを扱っている俗に言う装具屋である。装具屋のおっちゃん「今、そのサポーターの値段がわからないので、来週でいいです。2万円まではいかないと思います」。ちょっと待て!!!2万円???2万円???何いってんだこのおやじは。自分はネットで同じようなサポーターを購入したが、それは4000円くらいだった。いくら何でもあり得ないだろ。「2万円はないでしょ?」というと、「まあ、来週でいいですから」と言われ、自分で事前にネットで定価を調べておけばいいやと思い、「では来週」ということで家に帰る。

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通院1

もうほとんど痛みはない。ただ、左足の甲の部分の皮膚がしびれた感じがする。どうも神経を痛めているようだ。インターネットをみると、この症状についての解説があったが、心配は要らないようだ。徐々に治るらしい。また、足を下にしていると少しむくむ。腫れる人は像の足のようになるらしいから、それからみればぜんぜんOKである。そして、4月17日、初めての外来の日である。病院までは普通に歩いて20分はかかる。松葉杖なら1時間はかかるかな。運動がてら何とか歩こうと思って外に出たが、10メートル歩いて無理だと悟る。たまたま、空車のタクシーが来てそれをゲット。ラッキー。かみさんと一緒にタクシーに乗り込む。タクシーだと、病院まで5分少々。運転手に申し訳ないくらいである。すぐに病院に到着。そのままレントゲン室へ。大学病院は待たされることが多いが、K大学病院はシステムがしっかりしているのか15分程度待つだけでレントゲンが終了。そのまま整形外科の外来へ。受付にレントゲン写真を出し、15分ほどで名前を呼ばれた。これも早い。J大学病院では、教授の外来に通っていたこともあるが、2時間は平気で待たされた。素晴らしい。私の担当のT先生は下っ端だから外来を持っていないとのことだったが、特別にT先生が診察してくれた。まあ、T先生だから待たされないのかもしれないが・・・。そして、傷口をみて「きれいですね。抜糸しちゃいましょう」の声。おお。抜糸か・・・痛いんだろうか?実は、この歳になるまで抜糸というものをしたことがない。「痛いですか?」と聞いたところ、「痛くないですよ」の返事。よかった。そして、先生はちょきちょきとハサミで糸を切り出す。少しちくっとする程度で、確かに痛くない。「骨もずれてないし、大丈夫ですよ。」と言われ、一安心。「ではまた来週」ということで、診察室を出る。

待合室を見渡すと、膝にギプスを巻いてる人、自分と同じように関節にギプスを巻いている人、腰にコルセットを巻いてる人などたくさんのギプス族がいる。骨を折る人がこんなにいるんだと感心する。そのまま病院を出て、タクシー乗り場へ。タクシー待ちしていたら、前の爺さんが順番を譲ってくれた。松葉杖をみて同情してくれたのだろう。しかし、爺さんに順番を譲られるとは、何か落ちぶれた気もする。「すみません」と言って、タクシーに乗り込む。家までは近い距離だが、松葉杖の客と言うことで、とても親切に家まで乗っけていってくれた。松葉杖の威力はすごい。

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2006年5月 2日 (火)

退院

4月12日。ついに退院の日を迎えた。もう、感染症の恐れがないということ。一安心。次に不安なのは費用。4人部屋とはいえ、10日近く入院していたわけで、30万円は覚悟していた。実際は15万円程度。思ったより安くて助かった。あれだけの手術、あれだけの看護で15万円だから、印象としては非常に安い。日本の医療制度を改めて見直す。担当のT先生に会い、「来週、抜糸しますので外来に来てください」とのこと。了解し、先生やお世話になった外科の看護師さんらに別れを告げる。

タクシーで帰ってもよかったが、かみさんの父が車で迎えに来てくれた。さあ、帰ったらビールが飲めるぞ。そのまま家に直行。すぐさまビールを飲み干す。ごく、ごく、ごく・・・・。刑務所から出所した高倉健状態。うめ~。ピザが食べたい。とにかくジャンクフード系が食べたい。それからお刺身。今日は全部食べるぞ。そして、何よりも嬉しいのは犬に会えること。すぐに自分に飛びついてきてくれた。ただ、今までは何かあれば看護師さんがやさしく対応してくれたが、もう看護師さんはいない。サッカーで骨折した私に、家族はとても冷たい。「新聞をとって」と言っても、看護婦さんのように笑顔で「はい」と言ってくれない。家の中を歩くのも松葉杖ではとても不便。特に2階への上り下りが大変。一度油断してバランスを崩し、階段の3段目くらいからこけた。これにはさすがに焦ったが、何とか左足を守りきり、事なきを得た。危うく再手術だった。

シャワーを浴びるのも大変。左足の患部にビニールを巻く。更衣室に椅子を用意してもらい、そこに座りながら衣服を脱ぐ。なんて不便なんだ~。五体満足の有り難みをほとんど感じることなく生きてきたが、このような身になって改めて五体満足の有り難さを痛感する。乙武君は本当に大変だと思う。

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2006年5月 1日 (月)

治療法について

足の骨折の治療でイメージされるのは、足いっぱいにギプスを巻き、病棟のベッドの上に足をつっている光景である。自分もそのような光景をイメージしていた。不便だろうな。痒いんだろうな。ところが、実際は術後もギプスで固めることはなく、ギプスを半分にしたようなもの(シーネ?)と包帯で固定するだけだった。他の方のブログを見ていると、同じ腓骨骨折なのにがちがちにギプスを巻いている方がいたが、自分は違った。お陰で、足首が有る程度自由に動かせたため(本当は動かしてはいけないと言われていた)、足首が固まることはなかった。また、他の方のブログを見ると、足がかなり腫れたり、むくんだりしているようだが、自分はほとんど腫れやむくみがなかった。もともと、むくみは血液を上に押し上げる力が衰えることで起こるらしいが、自分は運動をしていたせいか、ほとんどむくみがなかった。寝るときは足をつるのではなく、枕のようなものに足を乗せて高くするだけだった。予想よりもかなり楽。患部の痛みは、3日でほとんど無くなった。念のため、入院中はロキソニンを飲み続けたが、5日目には全く飲まなくても大丈夫な状況だった。まあ、痔の手術の後の痛みから比べると、骨折の術後の痛みは屁みたいなもんです。

退院前の血液検査で、ついでに尿酸値を測ってもらったら、何と4.5。実は、昨年まで尿酸値が7を超えていた。いつ痛風になってもおかしくない状態だった。これは驚き。さすが健全な入院生活。毎日カルシウムの錠剤とビタミンC(傷の治りを早めると言われている)の錠剤を飲んでいたし、すっかり体の中は健康になったようだ。

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病棟にて5

入院して1週間が過ぎ、痛みもほとんど無くなってきた。何か、歩けるんじゃないかなと思ってしまうくらい。相変わらず、食事は全て完食。風呂には入れないけど、頭は洗えるようになった。頭さっぱり、気分爽快。沢山の友人やお客さんがお見舞いに来てくれた。お見舞いの品は様々。本、果物、クッキー・・・まあ、この辺は一般的。驚いたのが、リフティングボール。できるわけないだろ!!!サッカーシューズ。足折れてるのにどうするんじゃい!!!でも、どれも嬉しかった。ボールとシューズは、自分にこれでサッカーをやめて欲しくないという思いで持ってきてくれたらしい。皆さん、有り難う。

入院中、4回ほどリハビリに通った。まずは松葉杖の使い方。これは簡単に悪名高いJI第3病院でちょこっと使い方を教えてくれていたので、すぐにできた。PTが「すげ~」と驚きの声。「さすがサッカーやってただけのことはありますね。抜群の運動神経ですよ。すぐに松葉杖ができる人は、そういませんよ」。えっ?まじかよ?正直言って、今まで生きてきて運動神経がいいと言われたのは初めてである。松葉杖くらい、すぐにできるだろ。でも、そこからPTは、自分が運動能力があると思ったらしく、かなりきついリハビリを要求。左足にかなり重い重りを付けて、「はい。30回やってください」。ふふふ・・・ワシはフィットネスクラブに行ってたから、筋力はばっちりよ~ん。軽く30回をこなす。そこでPTは再び「すげ~」。かなり重いのでやらされたが、ジムに行ってるみたいで楽しかった。そして、久々に汗をかいてとても気持ちよかった。PT君、楽しかったよ。

そしてついに退院の日を迎える。やっとしゃばに出られるぞ~。でも、ナースコールが無くなるのは寂しいな~。

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病棟にて4

4人部屋に変わったけど、何とかネット環境は確保できた。よかった、よかった。隣の爺さんも大分咳が少なくなってきている。術後3日を過ぎて、患部の痛みもかなり和らいできた。まず、ロキソニン(痛み止め)の服用間隔を変えたのがよかった。食後30分と書いてあるから、馬鹿正直にそのまま服用していた。すると、8時に飲んで、次に12時。この間4時間。そして夕方6時に飲むことになる。ロキソニンの効果は、長くても8時間だから、当然夜中に痛みが出てくる。そこで、服用の時間を8時、3時、10時に変えた。看護師に許可を求めたところ、「若いから胃がやられることはないでしょう」ということでOKを出してくれた。これで、夜中に痛くて目が覚めることがなくなった。なんだよ、早く教えてくれよ。看護師は皆親切だが、そういった指導は一切無い。やはり余計なことを言って、後で責任をとらされるのが怖いんだろうか?隣の爺さんもそうだが、自分なりに工夫しないと駄目なようだ。

看護師は皆やさしい。患者にはいつも笑顔で接してくれる。まあ、皆素晴らしい看護師だったが、一人だけその中でも抜きんでた方がいた。顔は普通。でも、夜中に自分の足の位置を修正してくれていたのは、その人だけだった。また、土曜日の朝に来てくれて、「今日は、お友達が沢山お見舞いにくるんじゃない?」と自分の周りの片付けをしてくれた。これは嬉しかった。名前は忘れたけど、今回のNo1看護師である。

今日はJリーグの日、それも磐田戦。行きたいな~。でも行けない。MXも映らないし・・・と落ち込んでいたら、放送予定をオフィシャルで確認したら何とNHK。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。NHKだ~。ラッキー。さっそくTVカード(1000円)を買ってきて観戦。3対1の大勝利。それもルーカス2ゴール。ああ、行きたかったな~。

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病棟にて3

3日目くらいに、4人部屋のベッドが空いたので、そちらへの移動となる。隣の爺さんさえ我慢すれば快適だったのに・・・と思いつつ、がらがらとベッドごと移動させられた。隣にはまたまた爺さん。咳がひどく、どうも肺を患っているようだ。反対側には高校生くらいの青年。サッカー好きならいいな。かみさんが、ワールドカップ特集の雑誌を買ってきた。俺は代表には興味がない。Jリーグものを買ってきてくれなきゃ・・・と思いながらも、まあこれは我が儘かとあきらめる。青年に、「君はサッカーが好きかい?」と訊くと、「はい」の返事。おお、さすがさすが。やはり時代はサッカーだ。もはや米国の圧力ではじめた野球は幕を閉じようとしているのだ。がっはっは。「この本読む?」と代表本を差し出す。「ありがとうございます」。なかなか感じのいい青年だ。しかし、非常におとなしく、そこから話がつながらない。話しかけても返事だけ。まあ、いいや。でも、その若さで外科に入院とは、やばい病気じゃないだろうなと心配になる。結局、彼は3日ほどで退院していった。高校でサッカーをやっていて、プレイ中に胸を強打したらしい。おお、俺と同類であったか。

隣の爺さんは咳がひどい。そして、化学療法の副作用からか全く食事を受け付けないようだ。こちらは毎食完食。となりの爺さんは毎食絶食。かれこれ3日も何も食べてないんじゃないかな。これじゃ体が弱っちゃうだろ。でも、医師は「徐々に食欲が回復しますからね」というだけで、一向に手を打とうとしない。こんな時こそエンシュア・リキッド(缶に入った流動食)じゃん。または、カロローメイトの液体タイプを薦めるとかすればいいのに。ナースも何もアドバイスをしない。ちょっと余計なことかと思ったが、お近づきの印に「ヴイダーインセリー」のカロリータイプを薦めてみる。奥さんがさっそく売店で購入してきた。隣の爺さん、それをずるずると飲む。「これなら何とか口に入る」。よかった、よかった。そこで自分は調子に乗ってしまい、ナースに進言。「隣の爺さん、あのままじゃ可哀想だよ。食事にエンシュアでも付けてあげたら?」。「そうですね。先生に聞いてみます。」ただ、その日の夕飯にエンシュアは付いていなかった。今、発注しているらしい。ちょっと待て。脳外科や消化器外科なら絶対ストックしてるだろ。なぜそれを借りてこれないんだ・・・。やはり大学病院は恐ろしいまでの縦割りらしい。結局爺さんの食事にエンシュアもどきの流動食が付いたのは2日後の夕食だった。何か変。

術後3日目の夜に、T先生が診察に来た。「ドレーンチューブを抜きます」。そんなものがささっていたのか。「痛いですか?」「いや、痛くないですよ」。一安心。包帯をはずし、先生がピンセットでチューブをつまむ。そこで、なぜか先生の顔が青ざめる。「抜けない」。はぁ?軽く引くだけで抜けるはずなのに、抜けない。さあ、大変。どうも、縫合の際にドレーンチューブに糸がかかってしまったようだ。さほど重大なことではないと思っていたのだが、そこで先生の一言。「申し訳ありません。整形外科医が一生で一度やるかどうかのミスです。再手術で、縫合した糸をほどかなければなりません。」まじ?そして、またまた夜にオペ室を空けてもらい、緊急手術。今回は局麻。ちょっと痛い。でも、15分ほどで、チューブが抜けた。良かった良かった。そのまま車椅子で病棟に戻り、就寝。傷口を開いたけど、その後、特に痛みは出なかった。教授の総回診で、教授にも謝られた。まあ、大した痛くなかったし、そんなに謝らなくてもいいのに。T先生は、始末書を書かされたらしい。こちらはOKOK.骨折した夜に緊急でオペをやってくれたんだから、そんなの鼻くそですよ。俺って太っ腹でしょ。

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病棟にて2

入院して、一番気になるのが仕事である。それも突然の入院となり、お客さんにも入院したことを連絡しなければならない。でも、病棟では携帯電話が使えないし、車椅子に乗ってとろとろと院外に移動するのも面倒。いずれにしてもパソコンを使えなければ話にならない。周りを見回しても、ネット環境はなさそうだ。個室に移動するか・・・。仕事を考えたら、個室に移動するのも仕方がないかもしれない。でも、1日の差額ベッド代が16000円。あ~もったいない。とりあえず、かみさんがパソコンを持ってきてくれた。ナースにPC利用の許可をもらい、さっそく起動。おっ。何と無線LANに入れるぞ。全くセキュリティがかかっていない。これは単に病院の管理がずさんなのか、患者へのサービスなのかわからない。いずれにしてもネットを使えると言うことで、自分としてはラッキー。客先や友人に入院したことをメール。かみさんの携帯にもメールできるし、これで持ってきて欲しいものを連絡できるぞ。何と快適な生活じゃ!!!かみさんに仕事の資料をもってきてもらい、これで仕事もOK。とりあえず、かなり焦りはなくなった。客先からの返信も、内心ではどう思っているかわからないけど、「ゆっくり休んでください」的なものばかり。とりあえず一安心である。テレビは有料。でも、インターネットが観られるから、テレビなんか観なくていいや。いや、FC東京の試合だけはみるぞ。でも、MXが映らない。やばいよ。

昼食、夕食と済ませる。なかなか食事は美味しい。全て完食。ちょっと食器が薄汚れているが、それを除けば十分満足のいくレベルである。選択食も採り入れており、好印象。そして21時。えっ?もう消灯かよ。隣の爺さんは相変わらず「ゲロゲロ。ゴロゴロ」とうるさい。昨晩はあまり眠れなかったから、眠れるかなと思ったけど、夜になると患部に気持ちが集中してしまい、痛みが強まる。やばい、痛くて眠れない。12時に我慢できなくなり、ナースコール。「どうしました?」と看護婦さんの声。「痛くて眠れません。」「わかりました。それでは座薬を入れましょう」。座薬かよ。岡崎ちゃんじゃないけど、まあいいや。せこせこと尻を出し、座薬を入れてもらう。しかし、日本の医療とはすごいものだ。ナースコールを押せばすぐに看護師が飛んでくる。座薬まで入れてくれる。体も拭いてくれる(これはさすがに自分でやったが)。座薬を入れてもらって30分ほどで入眠。

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病棟にて1

「いち、にいのさん!」のかけ声と共に、オペ室内でベッドに移される。なんせ下半身が麻痺したままだから、こちらは何もできない。ベッドにのったまま、病棟へ。なんせ、もう夜中の2時である。既に眠っている患者に申し訳ないと思いつつ、外科病棟の処置室へ。処置室しか空いてないようだ。隣にもう一人、爺さんらしき方が眠っている。「ゲロゲロ、ゴホゴホ・・・」かなりうるさい。無理して外科病棟へ入れてもらったから、文句のいいようもない。こうなったら、楽しみは一つ。「きれいなナースがいるかな~」・・・・・っと瞑想していたら、それどころでなくなってきた。患部がうずき出してきたのだ。痛い・・・痛い・・・。どうも麻酔が切れてきたらしい。こちらは初めての手術でアドレナリン出まくりで、加えて痛みが有れば眠れるわけがない。さっそくナースコール。わくわく・・・。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。綺麗な看護婦さんだ。ちょっとスケートの岡崎に似ている。「痛みが強くなってきたんですけど・・・。それから、入眠剤をいただけますか?」。「わかりました。先生に確認してみます。」なんと、そのままバルーンカテーテルを抜かれる。ちょっと恥ずかしいが、綺麗な看護婦さんでよかった。この看護婦さんなら、みられてもOK.いや、見せたいくらい・・・っとこれはやばいか。思ったより痛くない。痛み止めと入眠剤をもらい、30分後に何とか眠れた。

翌朝、6時起床。3時過ぎに寝たから、3時間も寝てない。薬が効いているのか、さほど痛くはない。隣の爺さんはあいかわらず「ゲロゲロ、ゴボゴボ」。8時には朝食。パンとちょっとしたおかずと牛乳。決して悪くない。病院食はかなりまずいと覚悟していたせいか、むしろ美味しく感じる。まあ、こちらも足首から上は健康体なのだから、食欲はばりばりである。トイレに行きたくなった。はい、ナースコール。今回は違うナース。ごく標準的ナース。まあこんなもんか。車椅子でトイレまで連れて行ってくれる。しかし、ここで問題が・・・。外科病棟だから、車椅子用のトイレがない。そして、狭い。こりゃ大変だ。何とか放尿を済ませ、再び自分の部屋に戻る。食後の痛み止めを飲んで、さあ、これから10日間、どうやって入院生活を送ろうかと考える。

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